少し遅めの朝、カーテンを開けると冬の朝の清潔な光線が一定の幅で入り込んできた。それは清潔な暖かさをもっていた。

神宮寺です。

テーマをいただきました。

朝起きてすぐにすること、ここでは書けないなあ。

好きな人のことを考えるって書こうと思ったけど、悲しいかな今は想う人もいない。

 

首が痛いので曲げる、そして音が鳴るってのが毎日やっていることかもしれない。

 

思い返せば、首を痛めたのが小6の時、ものすごい勢いで変な体勢でうたたねをしていまい、違和感から首を曲げるのが癖になってしまった。当時、なぜか首を曲げる仕草を自分の中で木戸孝允って呼んでいた。

 

木戸孝允って首の骨ポキポキならしてそうなイメージがなぜかあったの。わかる人いないか。

 

それから、首の違和感がずっと消えず中学一年に上がってからレントゲンを撮影したら首の椎骨の一部同士が癒着してることが判明した。

鼻炎と首の変形持ちの私を、お医者さんは集中力があまりもたないでしょうと診断した。

 

勉強が出来ないことを首のせいにしたかっただけかもしれないが、長時間下を向いて何かをしていると頭痛と吐き気が襲ってくる。

読書も寝ながらとか本を持ち上げてしている。

テスト用紙を顔の前に持ちながら回答していた学生時代、周りはさぞ不思議がっていたであろう。

未だに首が痛い。

それでも勉強が長時間出来ないことの免罪符にはならない。

特性とうまく付き合って生きていく、この性質が自分のアイデンティティなのだ。

 

身体ネタで思い出したけど、実は私には普通の人にあるはずの身体の一部がない。

個性は身体に宿るのかというテーマについてずっと考えている。

長くなるので今日はここまで。

“少し遅めの朝、カーテンを開けると冬の朝の清潔な光線が一定の幅で入り込んできた。それは清潔な暖かさをもっていた。” への5件の返信

  1. おい、なんだ神宮寺!めっちゃ読ませんじゃねーか。悔しいぜ!
    続きが気になりすぎる。というか初めて知りました教えてください先輩。

  2. 最近、人類初顔の皮膚移植をしたという記事を見た。
    これも自我の問題をなかなかに問われているみたいで、おもしろいなあっておもった。
    もっとリーゼントのことしりたいなあ

      1. 頭がくるくるぱーだから英語が読めないんだ・・・
        でもタイトルだけはかろうじて読めたよ(嬉しい)

        脳みその移植も近いうちに実現するみたいだし、もうわかんないね。

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