English is not purpose,but it’s been something distinct.

最近はめっきり使用頻度が減ったけど、大学院生だった頃はたまに英語を使っていた。留学生のTAだったり、研究の論文読んだり、発表したり、発表聞いたり。

こんな事を言うととても英語ができるように聞こえるかもしれない。だけど、英語は中学校からの最大の宿敵だ。初めての英語のテストは24点。アルファベットの小文字がまともに覚えられないという状態が長く続いた。高校に入ると英語アレルギーは深刻化した。毎回ある英単語のテストで20点満点中、いつも1点か0点、職員室によく呼び出されていた。偏差値も三十台まで落ち込んだ。どう考えても下位グループ。

どんどん英語が嫌いになっていくばかり。

私は理学部に入った。単純に化学と物理が好きだったからだ。ここまで来れば英語は追いかけてこないだろうと思ったら、一年で必修科目があった。

 

課題をこなすだけの授業。辞書で適当に意味を調べてよくわかっていないけど適当なことを書いた。よくあれで単位が取れたものである。

 

研究をするようになって、英語の論文を読まなければいけなくなった。図を見て、何となくわかったような気持ちになって読み進める。聞いたところによると、インターネットで得られる英語で書かれた情報は日本語で書かれたものの十倍くらいあるそうな。何となく英語で情報を得るようになってその有用性が分かってくる。しかし、私にとって英語とは知的好奇心を満たすためのツールであり、ただの情報媒介でしかなかった。文構造が違うので修飾がどこにかかっているかが日本語よりも明快である。なるほど、日本語よりも科学に向く言語である。

 

大学院に入学してから、私の人生を変えるような出会いがあった。師匠との邂逅である。師匠は外交官をやっていた。英語、中国語、ドイツ語、日本語を自在に操る師匠。シンガポール人の師匠に「今までどの国にいったことがあるか?」と尋ねたら「どこに行ったことがないんだろう。」と悩みだした。日本から出たことがない私にとって、師匠の語る世界はとても魅力的で、とても残酷であった。いつしか私も師匠のように世界を自分の目で見てみたいと思うようになっていた。そして日本語という思考を形成しているパラダイムを拡張したいと思うようになった。

 

師匠は普段は日本語でぺらぺらと話をするが、難しい話は英語になる。

一緒に夕ご飯を食べて話していると、師匠が色んな国を見てきて、そして日本という国に住んでみて感じていること、過去と将来のことについて英語で話はじめた。凄惨な過去を聞いて、私の目から涙が出ていることに気が付いた。

これまで、英語は情報媒介であり、感情を揺さぶったことは一度だってなかったのに心が震えた。それは、師匠の張りつめた空気がそうさせていたのかもしれない。しかし、彼の英語はつらぬくように私の琴線をかき鳴らした。

 

これが、英語が私の中で今までと違う次元になった初めての経験。

英語の発音の響きに圧倒され、日本語にない言葉のニュアンスで彼の言葉を感じる事が出来た。無意識のうちに日本語を介して理解しているにしても。

日本語に訳せないほかの言語があるかと思うとわくわくする。

私が好きな英語はsnuggle。受験やトーイックになんかは出てこないし、そんな使うこともないけどなんか好きだ。いいムードであったかい感じの場所で二人で添い寝するぐらいのニュアンスで使うことがある。日本で「すなぐる」って言葉にして流行らせたいくらいだ。

日本語では、木洩れ日 という言葉が好きである。英語にない表現である。この間、インド人の女の子の友達と「木洩れ日ってあったかくて、やさしくていい言葉だよね」って盛り上がった。この言葉のニュアンスでにっこりした彼女は日本語上級者だなと思った。

 

師匠とあの話をして、もう3年位経つけどまだ一度だって日本から出ていない。日本すらわかっていないという気持ちが、私の足を留めるのだ。初めての海外はいつになるだろう。

時折、港にきて思う。この海にはどんな愛おしい生き物がいるのか。そして、この海の先にはどんな人がどんなことをしているのか。そんなことを考えると、脈がはやくなってしまう。

“English is not purpose,but it’s been something distinct.” への2件の返信

  1. 手話にも日本語にならない表現がいっぱいあるんですよ。タイ旅行の記録④のGIFの表現も日本語に変換ができない手話表現です。言語って本当におもしろいよねえ、自分の基盤になる言語が1つしかない(いかなる言語を習得しても、無意識のうちに母語に変換してしまう)のはほんとうに惜しいなあと思います。英語を英語のまま受け止めたい…

    1. ななこさんに指摘されるまで忘れていたけど、手話も言語でしたね。どっかの部族では音とジェスチャー組み合わせて言葉にしている表現があるらしい。
      手話が使える人は私とはまた違った感覚や表現を知っているんだろうなととても関心があります。
      ちなみに言葉を母国語として習得する限界の年齢は8-9才と言われてます。それ以降に言葉を覚えると、母国語とは違う脳の領域で言葉を使っているという研究報告があります。しかし、これってよく考えると別の言葉を使用しているときは母国語とは違う感覚を別に感じていると思うのですよねえ。これも非ネイティブの特権。

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