悪いのは私ではない

ホームセンターの冷たい床に整列し、ツヤツヤとした瞳でこちらを見つめてくる炬燵テーブル達。手触りの良さや暖かな色味を懸命にアピールしてくる炬燵布団達。売れずにヤケを起こしたのか、仲間と結託して自身らを大安売りする潔い「冬のぬくぬく炬燵セット」達。それら一つ一つに、心の中でこう呟き続けてきた。

君のことすごく素敵だと思うし大好きだけど、事情があって買うことができないんだ。ごめんね。

炬燵の無い冬を、私は5度も瀕死で凌いできた。厳しい日々であった。例えば浪人生の頃は狭い独房のような部屋でうっすい寝袋に入り、うっすい布団を被ってなんとか暖をとるしかなかった。大学1、2年の頃はこれまた4畳半程度の病室のような寮の部屋に住み、炬燵を置くスペースがなかった。休学中に住んだメキシコシティにはいくら寒くても炬燵なんて売ってなかった。大学3年の頃はストーカーから逃げるために引っ越したせいで金がなかった。

しかしだね君、それが一体なんだと言うのだ。

それらの冬はもう過ぎ去った。

時は過ぎ、また、新たな冬が来たのだ。

この冬、大学4年目の冬、遂に私は念願の炬燵、愛しの炬燵とぬっくぬくの冬を迎える!!!

 

はずだった。

 

が、どういうわけか現在、例年通り部屋でも服にカイロを貼り、ダウンジャケットを着込み、マフラーを巻き、暖かいお茶だのコーヒーだのをせっせと淹れながらなんとか冬を過ごしております。ご安心ください、それでも寒くなった時の手立てがまだ3つありますよ。腕立て、腹筋、スクワットです。一体なんの修行でしょうか。ストレスからか甘いものばかり食べてしまって、ダイエット効果もありません。ただここで言っておきたいのは、しかしこれは決して私が悪いのではなく、物事には常に複雑な事情があるということです。つまりは最近、恐らく冬にしては多少「太陽が眩しかった」せいでどういうわけか私は血迷い、うっかりyamahaの、しかも結構立派な電子ピアノなんかを買ってしまったりして、そんなものを買えば、いくら簡素でも一応適当なピアノを置く台が必要になるわけで、しかし流石にもうマナーある行いが求められる成人だもの、練習するにはそこそこのヘッドホンとそこそこの防音対策も必須になるわけで、さあこれで思い切り弾けるぞ!なんて思うと練習のために欲しい楽譜が出てくるわけで、いやこれが実際手に入れて弾いてみると結構難しいのね、仕方ないから参考用にちょいとCDなんかも買っちゃたりして・・・にしても今日はおお寒い寒い!寒くてとてもピアノなんて弾いてられない!今日はとりあえずお布団入ってあったまりましょ!!!とまあ、こういうわけです。

うん。おやすみ。

“悪いのは私ではない” への2件の返信

  1. 僕は数ヶ月前、戦場のメリークリスマスをどうしても弾きたくなってピアノと譜面を用意しました。難しくてすぐに諦めました。

  2. わたしも昨年の冬、「寒いからタイに行こう」という突拍子もない発想でタイにトラベルしたのでこたつが買えませんでした。

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