流石に

皆さん、久しぶりに日記を更新します。

が、友人の結婚式やらなんやらであまり時間が取れないので昔の日記(大学学部生の時)の日記を公開します。当時はシャドーロールという名前で活動していました。

くぼきくんというグルメレポ枠がいるのですが、そんなことはガン無視してグルメレポ過去日記を公開します。

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有明の王

(注)本ダーリンにはショッキングな画像が含まれております。

心臓が弱い方は軽く心臓を叩いて準備してください。

 

また「私は綺麗なものだけ見ていたいんだもん!」というメルヘンの国から来た方はそっとこのページを閉じてメルヘンの国にお帰りください。出来るなら私も連れて行ってください。

 

 

この前のエイリアンの名前ですが、ワラスボという魚です。

 

 

(以下ショッキングな画像あり)

 

心臓を軽く叩きましたか?

 

 

 

 

 

 

がおーー

 

びっくりしましたか?これが乾く前のワラスボですよいよい。

こやつは有明海に住む魚です。

 

有明の海はこんな凄かさかながおるたい!凄かろう?行ってみたかろう?

前の乾いた干物の写真は研究室の忘年会で出てきたワラスボ。

お味は淡白でした。見た目よりクセはない。

人間でも見た目は個性的でも意外と喋ってみると普通って人いるでしょ?あれです。

これって結構がっかりされることが多いらしいんだけど、本人にとっては良い迷惑ですよね。

 

んで、一方逆に見た目は普通なのに中身モンスターって人、これは一番怖い!

 

大学の同期でとっても温厚そうな子がいて、当時携帯電話だったからアドレス交換したの、そしたら名前がミスターキチガイって登録されていて衝撃を受けたよね。

えっ?と思ったけど、怖いからずっと聞けずにいました。だいたい自分から自分は変人だって言ってる人で私が満足する変人の人っていないの。私の知り合いなんか、濃硫酸の威力確かめるために自分の手にかけて手の甲の一部が壊死してたからね。こういうのを本物って言うんだ。だからミスターキチガイは自称気狂いで実際は大したことないと思ってたのさ。

で、急遽キチガイ氏に連絡とらないといけないことがあってね、メールで「図書館に来てください」って送ったら「いまからいくぞおおおおおおおおおおおおおおうおおおおおお」ってすごい勢いのメールがミスターキチガイから来てて、気がついたら110番押してたよね。

ミスターキチガイあれから会ってないけど元気かなあ。

あ、ワラスボが研究室の忘年会で出たで思い出したのですが、私の所属していた研究室の忘年会は毎年クリスマスイヴに行われるのです。

どういうことか賢い諸君にはお分かりであろう…

キリシタン狩りがあったのだよ。不参加の場合は理由を言わなければならない。

過去の先輩で彼女とクリスマスイヴデートしていたことがバレた人がいたが、2人の写真が載ったマグカップが1ヶ月後に誕生したそうだ。

法界悋気の権化と化していた私は「いい研究所に入ったなあ」と滂沱の涙を流したという。

 

ということで、私はクリスマスイヴにデートをしたことがない。

しないと決めていたルールの中の1つであるが、ここしばらくは出来ない。

「できるけどしない」のと、「出来ない」とでは天と地ほどの差があるのだなと思いつつ、今年のクリスマスイヴは京都をひとりで闊歩しようかと思う。

鋭利庵

 

このエイリアンみたいなものが何か分かる人いますか?

 

学習するので今日は手短に終わります。

 

答えは時間が空いた時の更新の時に発表します。

自信という名の罠

ななこさんは耳があまり聞こえないということが過去の記事から分かっている。

下のリンクはとある実験のリンクである。

https://news.biglobe.ne.jp/trend/1017/kpa_181017_8439628386.html

 

光が出るタイミングと音が出るタイミングを同時にする。3回連続で音を出すが、光は2回しか出さない。

すると、実際には光は2回しか出ていないにも関わらず、3回出ていると錯覚する人がかなり多くいたという。

また、音の回数を2回にして、光の回数を3回にしても光が2回出したと思ってしまう人が多いようである。

これは我々がいかにいろんな感覚に騙されているのか、また脳の中の幻想に生きているのかを表している実験とも言える。

耳が聞こえにくい人は、そういう感覚を1つ排除して、さらに言うと他の感覚が洗練されているのでないかと思う。上の実験でいうと音に騙されずにものが見える。

私にはその感覚は分からないけど、他の世界を生きているなと思っている。

 

私も実はとある感覚が人より鈍い。

話は私の就活時代に遡る。

私は実は科捜研に憧れていた、とある飲み会で科捜研の人と知り合いになり見学にまで行ったほどである。

科捜研の試験には色盲の試験があるのであるが、私は見事にその試験でダメだった。

薄い赤色が見えない。ずっとグレーっぽいと思っていたシャツの色がピンク色だった衝撃。

自分の見てきた世界が実は他の人が見ている世界と違うという事実にショックを受けた。

別の個体が同じ価値観を共有できないことは知っていたがコミュニケーションはできていることをすごく不思議に思っていたのだけど、そのコミュニケーションすらできない状態がある事。それをこんな形で痛感することになるとは思わなかった。

 

周りは私のことを可哀想だと言ったけど、私はそんな色が見えにくい世界の方がもしかすると綺麗なんじゃないかとも思っていたので、何故哀れむのかよく分からなかった。もちろん、なれない職業があるのは悲しかったが…

わたしが色弱だと分かってから、当時医学部に通っていた私の親友が「自分に自信がない」と私に相談してきた。

私から見れば華々しい経歴の持ち主であるし、何より自分に対して厳しくできるところや、私に対しても決して甘い事だけではなく愛を感じる痛烈な批判をしてくれるところを尊敬していた。

彼を励ましたい。しかし、私は直接励ますのが恥ずかしいのでフェイスブックでこんな投稿をしてしまった。

 

「(前略)とある職業に就くための検査でわかったのだけど、私は弱い色盲である。通常の人が見えているはずの色が見えていない。なので、他人の知覚を経験することは不可能なので証明は出来ないけど、私の見る世界は他の人とは違うと思う。自分が見ているものさえ他の人と違うというのに、私は一体何に自信を持てば良いのだろうか。

でも、一つだけ友人として言っておきたいことがある。

君のその努力が自分の自信の無さを補うためにしてきたものだとしたら、自信なんか持たなくていいと思う。君はその自信の無さのおかげで頑張ってこれたのだから、これからも謙虚さを持って研鑽を積んで欲しいと思う。私は君の自分に厳しく努力できるところを尊敬している。

たちの悪い諧謔にしか聞こえないだろうけど、これは自信を持って言えることだ。」(当時の投稿の抜粋)

この文章を受け取って、友人は何を思ったのか分からない。久しぶりに会った時に「ありがとう」とだけ照れたように言っていたけど、私は何のことか深く追求しなかった。

本当は「自信持てよ」ってストレートに伝えたかったけど、何せひねくれた性格だったのでこんな伝え方しかできなかった。

今でも彼はストイックに外科医をやっている。田舎の病院で症例が少ないため、現状では自分が成長できるチャンスが少ないと感じたので医局を変える決意をしたことをこの間報告してきた。

私も負けてられないなと思う。

 

ななこさんの文を読んで、そういえば当時そんなことがあったなと思い出すことができました。感謝いたします。

 

頓首 神宮寺