新しいスーツを買った。
「在宅勤務」という言葉が蔓延し始めてはや2年、スーツの需要は限りなく低下しているのだろう。半額セールでいいのを買えた。
私だって必要なければ買ったりしないさ。スーツなんて嫌いだもの。
でもそんなこと言ってちゃいけない。もういい大人なのだから。
「中学高校を卒業したらもう大人だ、服装なんて自由でしょ!!」というスーツに対する反抗心をメラメラ燃やしていた学生の頃とは違う。
きちんとした身なりで仕事をしたい。自分でスーツを買うようになったら、大人だ。
そういう実感は、何かの拍子にある日突然芽生えるものかもしれない。
歳をとると寛容になる。
スーツを買うことも含め、いろんな物事を受け入れられるようになった気がする。子どもの頃嫌いだった食べ物も食べられるようになったし、何より肝が太くなった。
「1週間前から足の先が痺れているんですけど、糖尿病の検査をしてもらえませんか?」
私がもうちょっと若ければ、イケメン先生に向かって決してこんなことを口にはできなかっただろう。
白衣を着た医者はステキに見えた。30代か40代か、でも50代ってことはないか。めちゃめちゃアバウトな見立てだけれど、実際私は人の年齢を見極めるのが苦手だ。自分よりも年下なら割とわかる。自分尺度を当てはめて見ることができるからね。でも年上だったら、よくわからない。小学生にとっては、中学生も高校生も同じくらい大人に見えるものだ。
現在の私にとっては、30代も40代も同じくらい未知の大人に感じられた。
年齢はズバリ言い当てることはできないにしても、イケメンだった。痺れた足を丁寧に診察する横顔が、この間、ジャンプの読み切りに出てきたイケメン主人公にそっくりだった。
だからといって病院に来た目的を忘れてしまってはいけない。尿検査の結果はインスタントラーメンよりも早かった。トイレから戻ってくるなり、先生は「問題ないです」とおっしゃった。
「よかった、安心しました!」
私はただ、自分の顔が勝手に笑顔を作り、口が勝手にしゃべるに任せるだけでよかった。羞恥心がどこへ消えていってしまったかなんて、わざわざ探しに行くことさえしなかった。
そんなことよりも、足の痺れの原因が不明のままなのが気にかかる。内科ではなく外科か神経科にかかるべきか。
とにかくその日、私ははっきりと悟ったのだった。ああ、これが、アラサーの境界線なんだなあ、と。
白髪もちらほら見かけるようになった。今はマスクに隠れてしまっている顔のシワも、これから少しずつ深まっていくことは避けられないだろう。
筋トレや健康的な食事のように努力してなんとかなるものなら、もうやってる。でも白髪やシワは無理して治そうとしなくてもいいんじゃないか。
「それは自然なことなんだよ」って笑って言っておけばいい。
人間中身が肝心さ!スーツでもジャージでも、シワだらけでも、白髪でも、顔がイケメンでもそうでなくても、人柄良ければ全て良し。
そして、もっと私が磨いていかなければいけないのは、技術だ。腕がなければ、せっかくのスーツもただの飾りでしかない。
今までで一番フレッシュな気持ちで、4月からの研修に臨みたい。
目指せ!カッコいい30歳。