20210906雑記

最近自分自身は本当は何がしたいのかを考えている。

自分自身の有限の時間を使って何がしたいのだろう。その結果何が達成できるのだろうか。

そのような禅問答に近いことを淡々と考える中で、自分との距離感を測っている。

最近よく本を読むようになった。他者の知識から有益な情報を引き出したいのだ。その世界に何かしらの素晴らしい示唆があり。僕はそれを汲み取ろうとしている。

冷静になって考えている。本当に書籍や人の発言に正しさは含まれているのだろうか。自分自身の血肉に変わるエッセンスがあるのだろうか。
答えは、YESでもあり、NOでもある。

結論から言うと、今の僕の状況では、何を吸収しても無駄なんじゃないだろうか。

・誰かがモチベーションを上げてくれるのを待つ

・有益な情報は外部に存在する

・それを知らない僕はモチベーションが上がらない。

そんなはずはない。きっとそうに違いない。

自分がやらなければならないこと。自分が人生をかけて達成したい目標は、あくまで自分自身の中にあるのだ。僕に今求められているのは、「僕はどう思っているのか」「僕は今何を求めているのか」をいかに外部からの情報を遮断して、じっくり自分自身に聞くこと。自分の微細な心情の変化から、汲み取ることだろう。

今、僕は仕事をしながら、自分の持つ資産を切り崩して生活している気がしてならない。

大学生の頃の培った人よりも高い想い。それを実現するための数々の内省・その手段。そこから培われた思考能力。どれも仕事をする上で非常に重要だし、一朝一夕でなんとかなるものじゃない。僕は結果として残った「思考能力」を切り崩して生きている気がするのだ。

なぜ切り崩していると感じるのか?それは明確だ。いずれこの思考能力もそこを尽きるのではないかと危惧しているのだ。

「思考能力」は僕の中の心情のきびを読み取る結果として培われたものである。とすると、自分自身の声を聞き取ることを行わなくなった僕は、いずれ武器の思考能力も衰えていくだろう。そうなったら、僕の手元には何も残らない。思考能力もなければ、強い想いを持ち続けることも困難になる。そうなった吉田純也は社会は必要とするだろうか。それ以上に、僕は人生を楽しく生きていけるだろうか。無理に違いない。

兎角、本や現地から得られる知識は結果としてのHOWの部分が大部分を占める。しかし、そんなことよりも重要なのは自分自身は何がしたいのか?をしっかりと聞き取ることができる内省力だ。

僕が大学生の頃、ほとんど本なんて読んでいなかったじゃないか。じゃあ何に時間をかけていたか?それは自分との対話だろう。

・サウナで自分自身の声を探る

・芝生で頭を空っぽにした結果、湧き出る感情に耳を傾ける。

・酒を飲んで物思いにふける

・近しい人に想いのためをぶつけて、知識を体系化させていく

・食べるもの、目にする景色、全てを自分との距離を測る(それを消費した時の自分自身の感情のきびに目を向ける。生産者の感情に共感する)

どれも、うちなる自分に目をむけていたはずだ。

確かに、考えている時は、何も生み出していない。生産性は低い。

けれど、人生をかけて何かを達成したいとき、自分自身の向かうべき方向性を持たないのは、労力と時間が四散し取り止めのない人生になっていくだろう。

それと比較したときに、長期的に見て、成果をなこすのはどちらだろうか。

モチベーションが上がらない?社会での市場のあげ方がわからない?思考能力をあげたい?そんなものは結果として残る副次的な産物だ。

根本の部分は、「自分のうちなる声を汲み取ること」である。その一つの手段に「外部の情報と自分自身との距離を測り続ける」ことがあり、その結果として上記の副産物が生まれる。

僕はもう一度立ち止まり、いや立ち止まるわけではない、見た目は完全に微動だにしていない、けれど頭の中で、自分自身との対話を活発におこなっている、ステップを踏み続けている。この姿を維持していきたい。

大学生の頃は、「ステップを止めてはならない」と言い聞かせてきたが、それは物理的な足のことを指していた。今は「自分自身との対話」であり、物理的なアクションの優先度を見直すと言う転換が起きている。その先に、アクションと内省のバランス感覚を動的平行を保つことが「ステップを踏み続ける」と言うことになるのかもしれない。

以上である。

やれるところから始めてみよう。自分自身の声を聞くのだ。いいね。

さようなら。

孤独について 10分よこの仕事

どうもこんばんは、よしだじゅんやです。

今日は孤独について書いてみようと思います。
「孤独」というキーワードは、先月から二ヶ月間僕にとって中心的なキーワードでした。その渦中で一つだけわかっていたことがあります。

「よの中には、どうやら悪い孤独と、良い孤独の2つがあるらしい」ということです。
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人の気持ちを読む 10分よこの仕事

こんばんは、よしだじゅんやです。

人間の本音を考えるのって、本当に楽しいですよね。僕ね、大好きなんですよ。中学生くらいに読んでいた本はドラゴンボールじゃなくて、サラリーマン金太郎だし、生涯のベスト漫画はと聞かれたらホムンクルスと答えるほど、人間の深層心理に迫るような作品が好きなんですね。幼少期にこんな作品に影響されたが故に、僕は大学生になっても、人の本音というモノが気になってしょうがありませんでした。最初は、人の気持ちが分からなくて、仕方なく相手の考えてることを想像せざるをえなかったのですが、だんだんそれにも慣れてくると、純粋な興味に変わっていったのです。もうこれは、僕にとって辞めようのない性になってしまっています。
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想いがあれば、言葉はいらない。10分よこの仕事

お疲れ様です。よしだじゅんやです。

言葉は少ない方がいいよね。と最近感じています。

僕の強みというのは、そこいらのコップと、吸血鬼についてだとか。愛とは何かとか、なかなか言葉にしづいら微妙なニュアンスを含むものを、自分の言葉を使って何とか論理を通して喋れることにあると考えています。

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怒ることについて。10分よこの仕事

お疲れ様です。よしだじゅんやです。

泥酔していますが、偉いので今日も文章を書きます。遺憾無く褒めてください。

今日は社会人の怒り方について書いてみます。
みなさん知っての通り、よしだは共感能力が低いです。目の前で人が泣いていても、悲しいのだなと感じないし、頭を抑えて喚いている人を見ても、痛いんだな、と直感的にわからない人なのです。うむ、そう病気です。
で、社会人になって気付いたのですが、僕の周りの人間はやけに共感能力が高い人が多いのですよね。なんか困りごとがあると、すぐに親身になって聞いてくれる。僕がうまくいくと、自分のことのように喜んでくれる。その代わり、非難は全くしない。そんな人が多いのです。

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広げる楽しみについて。10分よこの仕事

こんばんは、よしだじゅんやです。
今日は久しぶりに文章を書こうと思います。しかも、できたら連載しようと思っています。
「10分よこの仕事」についてです。僕は、毎度毎度、文章を書くぞ!と意気込むのですが、なかなか筆をとることがありませんでした。
その理由は明確です。すぐそばに仕事がいたからです。 “広げる楽しみについて。10分よこの仕事” の続きを読む

夢に手足を。という夜をすごす。

考え事をするのが好きです。

デスクトップということばがPCにあるように、あたまのテーブルの上にざっと必要そうなものをばらまくのですね。それを遠くから眺めたり、手に取ったりして、こんなことが言えそうなんじゃないかな?と想像するのはとても楽しい。PCには、RAMとかメモリとかストレージみたいな制限がいくつもある。けれど、頭のなかの机はどれだけ広げてもいい。僕の腕も現実ではありえないくらい伸びて、遠くのものを軽々と手にとったりする。

制限がない、というのはなんと自由なことだろうと思う。そして、同時になんとか弱い行為なんだろうと思うのだ。

か弱い行為とは、地に足がついていない、実行力のない、みたいな言葉でも言い換えられますね。あれをしてみたい、とか、もしこうだったら良いなあとか、想像するのは楽しいよねえ。けど、現実というのは、さまざまな制限が前提として立ちはだかっていて、それを超えるには、けっこう力がいるんだよね。歯を食いしばって重いものを持ち上げたりさ、息をきらして駆け抜けたりさ、持久力も求められたりして、運動が嫌いな僕なんかは、けっこう辛いんだよなあ。

「夢に手足を」なんてキャッチコピーがある。空想を現実のものに、ということだろうね。手足をつけるという行為をないがしろにして、夢をみるだけにとどまってる人は多いんじゃないかなあ。世の中、アイデアや妄想で解決された華々しいお話がいくつもあるものねえ、そりゃあ勘違いもしますよ。アインシュタインは夢のなかで空を飛んでたね。堀越二郎さんも空飛んでいたっけ。ここで大事なことは、彼らは夢をみたあとに、机に向かってペンを握ったことだよね。妄想が、物理公式になったり飛行機になる瞬間です。

俺も、ペンをにぎらなくちゃならんねえ。と思うわけです。というか、会社にいくと握らされるんだよ。夢に手足をはやすという行為はゲロを吐きそうなくらいしんどいんだよ、ってな話をしたくなっただけです。悪しからず。

今晩も、モンエナを飲んで机に向かっています。僕の家の机は150cm×75cm。夢のなかの机よりはずいぶん小さいんだけれど、物を広げるには十分な広さでね、けっこう気にいっているんです。

じゃあね。夢をみるのも惜しんでペンを握るすべての人へ。

彼が幸せにならなければフェアじゃない、という身勝手なお願い。

どうもこんにちは、よしだじゅんやです。先日歯にセラミックを埋め込みました。僕は元気です。

 

さて、今日は会社の同期の森さんについて書いてみようと思います。理由はさっき散歩していたら偶然彼のことを思い出したからです。本当にね、おかしな人なんですよ。先にいっておくと、僕は森さんのことが大好きですし、彼の幸福をこころから願っています。

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これは文章を書く恩恵だろう。

ビジネスマナー講座で、メールと議事録の書き方を教わる際、こう講師に説明される

結論ファースト、そして根拠を列挙すること。僕はこの数か月間、数か月というのは論文を書き終えた2月の頭から現在の4月中旬まで。そのような世界で、そのような社会で、そのような思想のもと生活してきたようだ。その事実に今更ながら気づいたという話を今日はしてみよう。結論ファーストだ、偉いだろう。

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