宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』

人を殺す夢を見た。

私は頭からすっぽりマントをかぶって待ち伏せていた。手には弓矢。知らない人の家に忍び込んでいた。程なくしてドアが開いた。暗い室内に光が差し込む。ビン!と弓弦が鳴った。標的は髪の長い女の人だった。耳の先が尖っている。私が身に纏っていたのは透明マントだったと思う。こんなに油断していなければ、エルフにとって放たれた矢を避けることなど造作もなかっただろう。驚きを浮かべた瞳と目が合った。女の人はよろめいたがすぐには絶命しない。手が胸の矢を掴む。私は次の矢を放った。続けざまにもう一発。罪の意識はほとんどなかったといっていい。ただあまり苦しませては可哀想だと思ったから、早くとどめを刺してしまいたかった。

現実世界ではさることながら夢の中でも人を殺すのは初めてだった。それとも、覚えていないだけで実は何度も夢で殺しを経験しているのかもしれない。
こんな不穏な夢を見てしまったのは、『ブレイブ・ストーリー』を読んだせいだろうか。

*ネタバレ注意

あらすじ
主人公のワタルは両親の離婚に直面し、もうこれ以上悲しいことはないだろうというくらいの悲しさを味わうが、その運命を変えるためもう一つの世界である幻界に行き旅をすることになる。勇者として幻界を旅し、5つの宝玉を集めると女神様に一つだけ願いを叶えてもらえる。母と自分を捨てて他の女のところに走っていった父親に戻ってきて欲しい、というのがワタルの願いだ。
あらすじだけ読むと、なんだ、ゲームの世界みたいな設定だなと鼻で笑いたくなるけど、この物語はファンタジーよりずっと生々しく、残酷に現実を映し出す。だからこそぎゅっと心を捉えられてしまうのだろうな。
実際、読み始めても異世界の冒険はなかなか始まらない。上中下ある文庫本の上巻の終わりに差し掛かるまでずっと現実世界の出来事が続く。えっ、子供がこんなに事情を理解していていいの?と思ってしまうほど、かなりリアルな離婚なのだ。ワタルのお父さんも、お母さんも、お父さんの好きになってしまった女の人も、もちろんワタルも、誰が悪いとかそういう話ではなくて、ただただどうしようもなさばかりがある。何をどうしても誰かが苦しみを味わう。
「なぜ自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか?」
両親の離婚に直面する子供の立場なら最もな問いだ。でもさらにその上をいくような不幸を知っている子供がいた。ワタルの同級生のミツルがそうだった。
世の中には理不尽が溢れている。

幻界(ビジョン)
一方、幻界は現実世界の悩みを忘れられるような夢の世界なのかというとそういうわけでもない。争いがあり、人種差別がある。家族を殺された少女の悲しみがある。幻界は現実世界を投影して形作られているからだ。
悲しみの沼のほとりで、ワタルは父親の不倫相手と同じ顔をした女の人に会う。これまた父親に生き写しの男の人が、ワタルの父親同様、妻子を捨ててこの女の人の元に行ってしまった。ワタルの中の強い憎しみが一人歩きを始める。父親にそっくりな男を殺し、さらに父親の恋人にそっくりな女も手にかけてしまうのだ。
両親の離婚に悩み苦しむワタルに対して同情する気持ちでそれまで読み進めていると、この部分がかなりショックな展開だと思う。殺してしまったワタル自身もショックで寝込んでしまっているけれど、読んでいる方にとっても主人公が殺人鬼になるシーンは心地よいものではない。でも物語の最後でちゃんと救いが訪れる。現実では、本当は父親のことを憎いと思っていたけれど、その気持ちを否定してしまっていた。受け入れることが必要だったんだと気づく。幻界での出来事は、ワタルが自分自身の心に向き合うために必要だった。

幻界から戻ってきたワタルは旅をする前と変わっていた。仲間との出会いやたくさんの悲しみや喜びの経験が彼を成長させた。
両親の離婚のいざこざで「もうこれ以上悲しくなることは二度とないだろう」というくらい悲しい思いをしたのにも関わらず、悲しいことを再び経験した。その度に女神様にお願いをするわけにはいかないじゃないか、とワタルは考える。確かにそうだ。生きていれば悲しいことも嫌なことも起こるけど、なんとか乗り越えていかなくてはいけない。

ハルネラ
2000年に一度、ヒト柱を捧げるというシステム、ハルネラもまた理不尽のひとつだ。物語によると世界は混沌の中に浮かんでいる。女神の創り出した幻界は混沌に飲み込まれないために結界を張る必要があり、2000年に一度、結界を張り直すためヒト柱が選ばれる。
ヒト柱に選ばれた人はその人が悪いわけではないのに、自分の命を差し出さなくてはいけない。

常闇の鏡
最終的にワタルが女神様にお願いしたのは、現実世界で父親を取り戻すことではなく、常闇の鏡をバラバラに砕くことだった。それで滅亡の危機に瀕していた幻界は救われた。
粉々に砕かれた常闇の鏡のかけらは世界中に散りばっていった。
世界から悲しいこと全てをなくすことはできない。光があれば闇があるように、喜びがあれば悲しみがある。あなたが今幸せなら、どこかで誰かが不幸を引き受けているということだ。この世界は犠牲なくしては成り立たない。

面白いなと思うのは、混沌と隔てられて世界が存在していることだ。混沌の中では喜びも悲しみもない。全てが一つに混ざり合っている。
幸せが生じるのと同時に不幸が生まれるのは、プラスマイナスゼロになるためだ。そう考えたら理不尽を嘆く必要はないなと思えた。私が悲しい時、誰かが笑顔でいるなら。元は一つだったものから分かれて、あなたがいて、私がいるのだから。

最後に感想
面白いのは、幻界が夢のように描かれていたことだ。現実で抑え込んでいた許されざる感情を夢の中で解放してしまうように、勇者の剣を手にしたワタルは幻界で人を殺めてしまった。
私が夢で人を殺してしまったのは、誰かに対して抱いた殺意が夢に形を変えて現れたのかもしれない。夢の中の私はワタルと違って憎しみでいっぱいだったわけではないし、現実の私も髪の長い女の人を見て憎たらしく感じた記憶は全くない。わからないよ。無意識の領域に抑圧してしまっているだけで、実は私は心に不満を抱いているのかもしれない。
少なくとも私はワタルやミツルみたいに深刻な苦しみの中にいるわけではない。悩みもほとんどない。でも彼らは単なる物語というよりは、現実の日本だと感じる。日本だけでもないか。世界にはどうにもならない現実がある。子供時代のトラウマや現在進行形で直面している悲しみややるせなさがある。苦しんでいるのは誰か他の人で、私はそれらを自分には関係ないと思っている。自分がその理不尽の渦中にいなければ痛くも痒くもないのだ。救いようのない気持ちになるから、出来る限り目を逸らして関わらないようにして生きている。ワタルやミツルの物語を読めば心は痛むが、それは彼らが自分で乗り越えていくしかないんだと、そう考えて見て見ぬふりをする。嫌な大人になってしまったものだ。
小説を読むのは、幻界を旅するのに似ているなと思う。現実では絶対関わりを持たない他人の経験を、一緒に悲しんだり笑ったり、時には涙を流したりしながらまるで、自分のことのように味わうことができるから。本を読み終わり、旅から帰ってきた今、私はどう変わることができるだろう。
「どうしようもないこと」がたくさんある世の中で少しは他人に優しくなりたいと思った。街を歩く時、お店で買い物をする時、仕事をする時、関わる人ひとりひとりに出来るだけ親切になろう。そうすることで悲しいことや生きていく苦しみが減るわけではないし、理不尽がなくなるわけでもないけれど、混沌の中から生まれ出てきたせっかくの命なんだ。心に傷を負った人がいるなら少しでも安らぎを感じて欲しいと思うんだ。

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