最近よく夢を見る。
救われない気持ちで目が覚めた時ほど、よく思い出せるのはなぜだろう。
逃げる夢。宇宙船に乗って津波から逃げたり、警察から走って逃げたりしている。
図書館の本を返さなかったせいで警察に追いかけられるのだけど、夢の中で私はうんと足が速くなっていて一生懸命走って逃げ切ることができた。
本を返さなかった私が悪いのだから、大人しく捕まっておけばいいのにね。
津波からも逃げ切る。球場みたいなドームになっている建物に下からどんどん水が溢れてくる。
「こっちだ」「あっちだ」
たくさん人が逃げ惑っている中でどこに行けばいいのか迷う。少しでも高い方へと走っていくとドームのへりに人間1人が入れる大きさのカプセルがずらっと並んでいて、全てのカプセルが乗車済みになると宇宙船が飛び立つようになっている。
宇宙に行ってどうなるのかは知らない。とにかく津波を生き延びることに必死になっていた。
目が覚めると、何をこんなに必死になって逃げていたのだろうと思う。逃げ切れたとて罪悪感しかない。
逃げるなよ。自分が助かるためなら他人を犠牲にしてもいいのか。
レモンの夢も見た。
夢の中でレモンはまだ生きていて、なんだか苦しそうだった。
寝ちゃったね。
すぐ寝ちゃうね。
眠っているレモンを移動させようと持ち上げたら、レモンはパッと目を開けて、唸り声を出して噛みついた。
私が知っているレモンは、怒っていてもちゃんと加減して噛む。本気で噛まれたことはほとんどないと思う。
昔、私がアイスを食べていたらレモンが寄ってきて、食べたそうな顔をするから、食べ終わったアイスの棒を差し出した。レモンは棒をかじり始めた。噛むんじゃない、舐めるだけにしときなよ。言っても犬には伝わらない。木の棒を飲み込んでお腹を壊しては大変だと思ったので、私は取り返そうとした。ところがレモンは簡単には離してくれない。引っ張り合いの最中、レモンに噛まれた。うっかり私の指をアイスの棒だと思ったのか。
痛ってー。
すぐに離してくれたけど、指先から血が出ていた。レモンが本気で噛んだら、私の手なんか穴だらけになってしまうだろう。
夢の中のレモンは、ちょっと普通ではない噛みつきぶりだった。狂ったようになって、やたらめったら周りに噛みつく。
危ないと思って私が手を引くと、レモンは自分の前足にかぶりついた。歳をとって歯茎が弱っている。無理に噛みついたりなんかしたら、無事に残っている歯まで抜けてしまうかもしれない。
がぶっ。がぶっ。
見ているこっちも痛くなる。お願いだからやめてくれ。と思うが、止めようがない。
そこで目が覚めた。夢だとわかっても、すごく悲しかった。
レモンは長生きしたけど、最後は苦しかったのかな。生きていても苦しいだけならもっと早く寿命が尽きた方が良かったのだろうか、なんて考えてしまう。
少しでも長く一緒にいたかった。でも結果としてレモンに苦しい思いをさせてしまっただけなら意味はない。
ううん、そんなことないはずだ。
だって、私が会いに行くといつも尻尾を振ってくれた。認知症になって、ご飯を食べたことはすぐ忘れてしまうのに、私のことは覚えてくれているみたいだった。
もし死後の世界があるとしたら、きっとレモンは自由に走り回っているんじゃないかな。元気な体に戻って、痛いところは全て治って。今、レモンが苦しみも悲しみもないところにいるなら、私は大丈夫だ。
せめて夢の中では幸せでありたいものだと思うけど、いい夢はあまり見ない。現実で幸せを叶えない限り、たぶん、夢でも幸せになれないのかもしれない。
目が覚めて、もしこれが夢ならと考える。夢なら、寝坊して遅刻してもいいし、嫌なことは避けて通る。あるいは、津波に呑まれたって平気だ。夢から覚めれば痛くも痒くもない。
これが夢だとわかっていれば、警察との追いかけっこを楽しんで、他人を犠牲にして助かる幸福を噛み締め、そしてレモンにかぶっとやられる痛みをじっと我慢する。
そうだよ、それが私の本当に望むことなのでしょう？