“Can you play the piano with your eyes closed?”
先生役の学生が生徒役の学生に問いかける。
英語の模擬授業の時に初めて、私は辻井伸行さんの存在を知った。
その後、たまたま立ち寄った古本屋で私はなんとなく楽譜を手に取った。ピアノでも弾こうかという気分だった。
要するに私は、暇だったのだ。
ロックフェラーの天使の羽。2ヶ月半かけて、少しずつ弾けるようになってきた。
今では楽譜を見ずに弾ける。辻井さんのように鍵盤を全く見ないでは弾くことはできないけど、どう動いたらいいのかは指が知っている。
試しに目を閉じたまま弾いてみる。片手だけなら数小節を弾くことができた。少なくとも、正確に弾けた感じがする。
“Can you play the piano with your eyes closed?”
その問いかけが心に引っかかる。目を閉じてピアノを弾けることがすごいのではない。耳で聞いた音楽を楽譜を見ずに再現できてしまうのがすごいのだと思う。
ピアノを弾くのに私は楽譜を頼りにする。聞き慣れないロシア語の響きを、文字を頼りに言葉として聞き分けるのと同じだ。楽譜から音楽を読み取る。
何度も繰り返すうちに、初めつかみどころなく思えた音が次第に指になじんでいく。いつのまにかすっかり覚えてしまった。
耳が?指が?
さあ、どちらもかな。
こんな風に新しく曲を弾いたのは、何年ぶりだろうか。
「寂しくて綺麗」
と言った音楽を最も確かな方法でわかりたかった。それは、自分なりに「寂しくて綺麗」をピアノで表現することだった。