上田早夕里『深紅の碑文』

世界観にシビれた。
未来の地球ですごいことが起きている。今私たちが生きている地球とは全く違った世界がそこにはあった。

なんと!未来の人間は魚と双子になって生まれてくる。遺伝子操作の賜物だ。海面上昇により陸地が少なくなった地球上で、海上民は「魚舟」を「朋」とし、魚団を形成し回遊しながら暮らす。
魚舟とは知れば知るほど不思議な存在だ。共に生まれた片割れの「朋」である人間と、唄でコミュニケーションする。生き物でありながら、人間のための住居となる「居住殻」と呼ばれる空洞を体内に持っている。「朋」とはぐれてしまった魚舟は「獣舟」となり凶暴化して人を襲うようになる。
「魚舟」とは賢い方法だ、と思った。陸地が足りないのなら海上で自給自足していければいい。それならと、遺伝子操作で住居ごと生まれる仕組みにしてしまった。
そんな海上民の暮らしが成立しているのは、陸上民の技術の恩恵を受けているからだ。

技術を持つ陸上民は、「人工知性体」をパートナーとしている。人間そっくりの外観を持ち、言葉を話し、パートナーである人間に助言する存在だ。彼らは、まるで人間であるかのように振る舞う。「嬉しい」「悲しい」といった感情さえも口にする。そう言えば人間が喜ぶからで、人工知性体は感情を持たない。
「人工知性体」以外でも、リスト型端末からデータにアクセスしたり、体験型学習危機を使って生々しい歴史を体験したりする場面がある。そのあたりは現代の延長って感じがするね。
そして兵器にも技術は用いられる。恐ろしいことに。

陸上民も海上民も平和で何の悩みのない社会だったら、それはそれで楽しく読める物語だったかもしれない。しかし実際は、「プルームの冬」と呼ばれる人類滅亡の危機が近い未来に迫り、資源が欠乏して暮らしが立ち行かなくなる地域も出てくる。特に海上で物資が不足するようになり、陸上民と海上民の間で激戦が繰り広げられる。

「悔いのない生き方」って何なのだろうと考えさせられた。

滅亡まであと10年だったとしたら?
他者の利益のため、青澄は自らを「道具」のようにして救援活動を行った。でもその行動は、青澄その人を大切に思う存在を傷つけていた。

一途に夢を追い求めるユイ。宇宙にロケットを飛ばすという、人類の夢を自らの夢として。
その夢を叶えるために、他者の生活を犠牲にしなければならないとしたら?

物資が足りず、生活を脅かされているとしたら?
海上民としての誇りを守るため、ザフィールは陸上民と戦う。終わりのない闘いにたくさんの血が流れた。

まるで、喉元に刀を突きつけられているみたいな問いを感じた。悔いのないように生きるためには、何かを犠牲にしなければならない。
どうしたらいい?どうしたらよかった?

人工知性体なら最適解を導き出せるかというと、そうでもないのだ。優秀な人工知性体をパートナーに持つ青澄でさえ、やっぱり何かを犠牲にせずにはいられなかった。
「救世の子」も然り。「プルームの冬」に備えて社会を支えるための人材として生み出された彼らは、人工知性体のように思考する。つまり、最適解を導き出す。人間は間違える生き物だけれど、「救世の子」は間違うことがない。
けれども、正しい判断が人を幸せにするとは限らない。もし彼らが「ロケットを飛ばすのは資源の無駄だ」と判断するのなら、夢を奪われる人がいる。

絶望的な状況でも夢を見られるのが人間なのかもしれない。不可能を可能にしようと一生懸命になるのが人間なのかもしれない。どうしても諦めたくないものをもっているのが人間なのかもしれない。
いろんな立場で人は生きていて、そのどれが正しいとか間違っているとか、誰にも決して言うことはできないだろう。

ユイとマリエと友人たちが、学校でディベートの授業をしていたのが印象に残っている。核融合炉を用いてエネルギー生産をすることについて、賛成か反対かに分かれて議論する。
私も大学で同じようなことをやったな。英語でディベートをする授業だった。「原子力発電所を撤廃するべきか」という議題で。
ユイたちにはとてもお聞かせできないようなぐだぐだなディベートをしていた。現実の大学生はあんなに理路整然と喋ることはできない。
本当の英語ネイティブなら完璧に論破できるのだろうかなんて考えたりもした。でも、簡単に答えが出るようならそもそもディベートなんてしないか。
いや、むしろディベートなんかしても何になる?話し合っても、さまざまな視点から情報を並べてみても、すっきり納得いく結論は出ないような気がした。世の中はそういうものだ。どんな解決策も一長一短、みたいな状況はよくあることだから、と。

実のところ、正しいか間違っているかよりも、「何を信じるか」の方が重要かもしれない。ユイもザフィールも青澄も、「信じるもの」を強く持っていたからあんなに真っ直ぐな生き方をしていたんだ。

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