じゃあ、何をしたい?

会社に行きたくない。その日私は仕事を休んで布団に潜り込んだ。

誰もいない家がひどく静かで寂しかったので、一度起き出してルンバのスイッチを入れた。横になって目を閉じているとしばらくしてベットがガタガタっと揺れた。ルンバがベッドの下を動き回っているんだなとわかっていたけれど、その揺れはレモンを思い出させた。
若い頃のレモンはジャンプ力があったので、時々私のベッドに飛び乗ってきた。寝ているところに揺れがきて地震かとびっくりしていると、レモンが私の体の上を踏んでいく。
ルンバがガタゴト掃除していく気配を感じているうちにいつの間にか眠ってしまった。夢を見た。

夢の中で私は布団をはいで起きようとする。「よし!布団から脱出できた」と思っても、眠くて眠くていつの間にか目を瞑ってしまう。そして気づいたら布団の中に戻っている、ということを10回くらい繰り返した。
布団から出ようと悪戦苦闘している時、レモンが入ってきた。金色のふさふさ尻尾が揺れていた。なでている感覚が手にあった。布団の下でブルブルするのが伝わってきた。また会えた。レモン!レモン!
絶対離すつもりはなかったのに、いつのまにか見えなくなってしまった。私の腕は空っぽの布団をつかむばかり。レモンはいなくなってしまった。
そうか、夢だよね。

その後も繰り返し布団脱出を試みる。会社は休んだので起きなくてはいけない理由はなかったけれど、そろそろお昼ご飯にしようと思うから起きたかった。時間の感覚はあった。
眠気に抗いながらぐっと力を入れて目を開いて、布団を跳ね除け起き上がる。ここまではなんとかうまくいった。寝室のドアを開け、隣室に足を踏み入れる。部屋の大きさはいつもと同じだが、なんだか雰囲気が違う。床は黒に近いこげ茶色、壁は朱色、チャイニーズレストランみたいな内装に変わってしまっていた。さらに奥の扉を開けると、玄関に通じる通路が本当はあるんだけど、もっとひらけた空間がそこにはあって、一番奥は格子になっている。ついたてで区切られていて駅の改札口のように出口が分かれている。向こう側の景色は見えない。なんだか一つ一つの出口が別々の場所に繋がっているような気がした。どの出口を選べばいいのかわからない。
またもや眠気に負け、気づくと体は布団に引き戻されていた。

何回かやっているうちにある時、妹が現れた。背が高くて髪の長い姿だった。チャイナドレスが似合いそうだったけど、黒の足首まである丈長のワンピースを着ていたと思う。小さな冷蔵庫から非常食を取っていく。ついたての向こうの出口に消えていった。私は眠くて後を追いかけられない。

眠気に負けて目を閉じる時、ぎゅっと目を瞑ると暗闇の中に光り輝くシルエットが見えた。じっと目を凝らすとそれは人影の形になった。顔は見えない。

なかなか目覚めることができなかったが、最終的に夢から覚めることができた。現実の体は夢の中よりもひどく重くてゆっくりとしか動けない。
時計は12:10を指していた。お腹はあまり空いていなかったけれど、体にエネルギーがない感じがしたのでお昼を食べることにした。お弁当用に作っておいたジャガイモのガレットを食べ、温かいコーヒーを飲むとようやく温かさが巡り始めた。

悲しくて泣けてきた。
誰かに嫌なことを言われたとか、傷つくことがあったとか、そういうわけではないけれど、ただ仕事にやりがいを感じられない。なんでこんなことしないといけないんだろうなと思いながら、毎日毎日生きていくことにうんざりしてしまった。

仕事がつまらないと言ったら、「じゃあどんなことをしたいの?」と聞かれた。
民生委員をしながらその人自身は設備の会社で働いていると言った。
「設備って例えばなんですか?エアコンとか?」
「いや、水道の修理をしているよ」
「自分の家でも水道が壊れたら直すことができますか?」
「できます」
ニコニコ笑ってその人は答える。本当に心から仕事を面白いと思ってやっている人の笑顔だった。
私はどんなことをしたいのだろう。
「絵を描くことや文章を書くこと」と答えたけれど、でもそれを仕事にしたいわけではない。つまり、絵を描いたり文章を描いたりしてその報酬としてお金をもらいたいわけではないのだ。

やりたいことだけやって嫌なことをせずに生きていきたいなんて、わがままかもしれない。お金がなくては生きていけないこともわかっている。

自給自足の生活をしたい。
10年近く前になる。高校生だった私が思い描いた夢がある。畑で野菜を育て、川で魚を釣る。なたで薪を割り、火を起こす。鶏を飼って卵を手に入れる。山羊を飼ってミルクを絞る。なんのためにやっているのか分からない無意味な勉強や業務ではなく、生きるための仕事なら毎日でも嫌ではない。そして気が向いた時に絵を描いて、文章を書く。
10年前の私が諦めた夢をもう一度取り戻したい。この夢を叶えるためには、どうしたらいいのだろう。

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