悲しいけど、会えてよかった

レモンはもういなくなってしまったけど、今ぜんくんとねむちゃんとぐーちゃんと一緒に歩いている。3匹の間に私はレモンとの思い出を見つめる。

妹が犬を連れてきた。2匹。どちらもミニチュアダックスフンド。ねむちゃんはブラックタン、黒のツヤツヤした毛皮をしていて手足はオレンジ色。目の上にもオレンジ色の模様がある。
もう1匹のぐーちゃんはレモンとよく似ている毛色だけれど、よく見ると耳や足に焦茶の差し色が入っている。シェイディドイエローというらしい。

ねむちゃんは二度ほど実家にきたことがあったけど、ぐーちゃんは初めてだった。2匹とも大はしゃぎで祖母の家を走り回った。こんなにはしゃいで後で疲れないのかなと思うけど、喜びが止まらない様子。ダダっとねむちゃんが走っていくとその後をぐーちゃんがちょろちょろついていく。
祖母、祖父、母にも人見知りしないで飛びついていく。
「気持ちいいねえ」
祖母がねむちゃんを撫でると、ねむちゃんは大喜び。ぴょんと飛びついてよじ登ってくる。
2頭をかわるがわる抱っこしてみて、「全然違う」と祖母は言う。
ねむちゃんはぐーちゃんと比べて体が大きいのでずっしり重い。その後でぐーちゃんを抱っこするとその軽さに驚く。
「赤ちゃんの頃のあんたたちを抱っこしているみたい」
赤ちゃんの頃の私と妹、従兄弟は抱き心地が違ったらしい。女の子は柔らかくて気持ちいいのに、従兄弟は男の子だったので重たかったそう。ねむちゃん、女の子なんだけどな。

お昼ごはんの後、公園を散歩した。
母とぜんくん、妹とぐーちゃん、私とねむちゃん。1人と1匹ずつペアになってリードで繋がっている。
ねむちゃんはぐいぐい引っ張る。突然立ち止まって匂いを嗅ぎ、また駆け出す。ぐーちゃんはねむちゃんに釣られて走り出す。3匹の中ではぜんくんだけが落ち着いていた。年齢的にもずっと上だし、いつも母に寄り添って歩く。

地面を歩いているハトを見つけると、ねむちゃんは走っていって追いかけずにはいられない。ハトはいつも飛び立って、結局捕まえられないのだけど。
ねむちゃんはハトを追いかけてどこまでも駆けていく。リードを握る私も一緒に走る。
ああ、行っちゃった。
未練たらしくハトが飛び去った空を見上げるねむちゃん。私は後ろを振り返る。母と妹はまだ向こうにいた。遠目で見るぐーちゃんが一瞬レモンに見えた。
さあ戻ろう、と私はねむちゃんを促す。
近くでみるとぐーちゃんはやっぱりレモンとは違う。
妹曰く、目が違うのらしい。レモンの目は大きくて黒い鼻とほとんど同じ大きさだった。ぐーちゃんの目はやや小さいけれどつぶらな瞳をしている。
どんなによく似た犬でも、それはレモンではないと私は知っている。だってレモンはもうこの世にいないんだ。

ぐーちゃんもねむちゃんも物おじせずぜんくんに近づく。とにかく距離が近い。鼻と鼻をくっつけようとする。じゃれているつもりなのか。
ぜんくんの方はあまり他の犬に顔を寄せられるのが好きではないようだ。顔を背けて逃げ回るけれどとうとう唸って威嚇した。母が間に入って宥めた。
レモンとぜんくんは2年か3年か、それなりの期間一緒に暮らしていたわけだけれど、そこまで距離が近いことは滅多になかった。寒い日に背中をほんのりくっつけ合って暖をとるくらい。意味もなく顔を近づけるようなことはしない。
若いか年齢を経ているかの違いもあるかもしれない。犬によってパーソナルスペースが違うのが面白い。

この場所を、レモンと一緒に歩いたことを覚えている。子犬の頃も、大人になってからも、歳をとってからも。何度も何度も。

去年、レモンと一緒に散歩したなと思い出した。季節は秋だった。何月かは正確には思い出せないけど10月かな。風の強い日だった。
公園までレモンはカートに乗せて行った。その頃はまだ座って踏ん張る力があって、後ろから押している私にはレモンの頭の後ろが見えていた。その姿は犬というよりもひよことか、ほわほわした生き物に例えたくなる。
公園に着いて地面に下ろすとレモンは歩き出す。何歩か進むごとに立ち止まって、何かを避けるように顔を背ける。目がほとんど見えなくて、太陽の日差しがなにか障害物のように感じられるのかもしれなかった。

時間が過ぎていくのが悲しい。ずっと一緒にいられないのが悲しい。
ついこの間まで私は子どもで、レモンも若くて元気だった。ちょうど今のねむちゃんとぐーちゃんのように。子供の頃は、私も妹も従兄弟たちも一緒にレモンと走り回っていた。一緒にボールで遊んだ。今ではみんな大人になってしまい、レモンはもういない。
いつかまた過去を振り返る時にはレモンはぜんくんに、ねむちゃんに、ぐーちゃんに交代していくのかもしれない。落ち葉のように悲しみの積もる景色を私は歩いて行かねばならないのか。
同様に人間にも順番がある。祖母、母、私、妹。いずれ私もおさらばする。
誰も彼も、何もかも、時間の流れに抗うことはできない。お別れは必ずやってくる。残るのは思い出だけ。

どんなに悲しくても、この幸せなひとときを共に過ごすために私たちは出会うんだ。

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