聴力検査

耳鼻科を訪れるのは何年ぶりだっただろうか。おたふくになった時、中耳炎になった時、前より聞こえが落ちた時、決まってここに連れていかれた。

今回は風邪でもインフルでもない。
「聴力検査をお願いします」と言って元気で健康な顔を院長先生にさらした。
「もう卒業なのかぁ」

院長先生の視線はカルテに向けられていたけれど、マスクの下の表情は温かだった。まるで小さい頃の私を懐かしむように。
私はくすぐったいような気持ちになる。院内をちょろちょろ勝手に入り込んで、看護婦さんたちをあきれされていた記憶がよみがえってきたからだ。

町の小さな耳鼻科である。ほとんどひとりで全ての患者を診ている先生は、最後に会った時よりもさらにおじいちゃんになっていた。後継ぎはまだ見つかっていないのだろうか。少し気がかりになる。

聴力検査は看護婦さんが受け持った。私の初めて見る方で、まだ手馴れていない感じ。一方の私はといえば嫌ってほど何度も経験してきた。
普通の音、高い音、もっと高い音、低い音、もっと低い音。いつも決まってこの順番で聞かされる。普通の音はひよこみたいな薄い黄色で、高い音は白に近い金色で、ふたつの低い音は青と緑。検査のたびに音に色をつけて退屈をまぎらわせていたのだけど、いつしかこのパターンに定着していた。

しん、とした空間に座ってボタンを握り込むと、耳鳴りがしてくる。自分で想像した音なのか本当の機械の音なのか。聞き分けることに自信がなくなってくる。

院長さんから結果を聞いた。「前より少し良くなった所もあるけどあんまり変わらないよ」
「そうですか」
もっと聞こえるようになっても、聞こえなくなっても、正直そんなに気にしないよ。

去年ろう学校を訪ねた時のことだ。
ろう学校で聴力検査ができる、
と聞いて、私はなんと反応を返していいのか戸惑った。その時私が感じていたことを、今なら、「感嘆と違和感」であったと表現する。
聴力検査をするというのは、聞くことにこだわっているからじゃないか。

できることなら、聞こえないことも聞こえることも関係なく、ありのままの自分でいられる場所であってほしいなと思うんだ。ろう学校は。
それが一般学校に通っていた私の気持ち。

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