薔薇の香り (1)

すみません、15日は私の知らない間に勝手に16日になっていたので、これは16日の朝、15日の分のダーリンとして書くものです。

昨日は夕方、ある先輩からこんなLINEがきた。

「寒いです。今日明日は久しぶりの休みです。あたたかいものをお待ちしています。」

こちらの都合はお構い無しだな…。そう思うと可笑しかった。本当はかなり嬉しかった。適当に服を着込んで家を出る。あたたかいものとは恐らく鍋のことだろう。豆腐だの白菜だのネギだの鳥だの、無難な食材をカゴに入れる。ついでに缶詰めやレトルト食品、お菓子なんかもカゴに入れる。最後に鍋のだしをどうするか迷って、個人的に食べたかったあごだしを買っていった。

「え、キムチ鍋でしょ普通。」

家に着いた私の買い物袋を受けとるなり、彼女はそう言って笑っていた。どうせキムチ鍋の素を買っていけば、ちゃんこが良かったと言うのである。

彼女は理学部の院生で、普段は修行僧のように研究室に籠っている。理系の院生ってかなり大変なんですね、と尋ねたら、ただ自分が厄介な研究室を引いただけだよ、運が悪いから、と言っていた。出会ったのは1年ほど前で、ギターサークルの打ち上げがきっかけだった。彼女はサークルメンバーではなかったけど、メンバーのうちの1人と友人だったらしく、たまたま顔を出していた。けれど彼女は、お酒を少しも飲まなかった。それで気づくと、飲まない者同士で死ぬほどどうでもいい話をしていた。いい加減Kindleが欲しいとか、ウクレレの練習を始めたとか、夜にAmazonで本を検索するのはマジで危険すぎるとか。いやつまり、私が話していた。彼女はそれを聞いてくれていただけだ。でもそれから度々、彼女は私をご飯に誘ってくれたり、家に招いてくれたりする。私が今まで出会った中でも、特に自分のことを話さない人。だからわたしは、彼女のことをそれほど知らない。例えば研究以外の時間に一体何をしているのかすら、ほとんど知らない。好きな本や音楽についても、「あんまり詳しくないからなー…」とはぐらかされてしまう。そして何故か笑いながら、私の日常についてばかり尋ねてくる。けれどわたしは、彼女が好きだ。妙に好きだ。誰とも話したくない気分で1日布団に潜っていたのに、突然のLINEに尻尾を振って家を飛び出し、せっせと買い物までして鍋を作りに行く程度には、好きだ。

疑問なのだけれど、同性の人をものすごく愛しく大切に思う気持ちって、恋愛じゃなければ、友情という名前になるのだろうか。時々、そんなことを考える。恋愛じゃないけど、でも友情では足りない気がしたら、それをなんと呼べばいい?そもそも恋愛と友情の違いって一体何なのだろう。そう思うと、よく分からない。ああなんか、分かりたくない。どうでもいい。ジュリエットだってこう言っていた。

「名前が一体何だと言うの?薔薇と呼ばれている花を別の名前で呼んでみたって、甘い香りはそのままでしょ。」

だから昨夜は、
彼女とあごだし鍋を食べながら『魁!!男塾』を見たり(おもろいアニメを教えてと言われたらこれしかない。)、YouTubeでゴールデンレトリバーをぺろぺろ舐め回す不審な男の動画を見たりしていた。ひとしきり笑った後、夜中追加でお菓子を買いにセブンに行って、その後は布団の中に潜ってテレビを見ながらポテチだのピーナツだの食べていた。が、2人してそのまま寝ていたようだ(多分、自分が先に…)。信じられないことに、現在日を跨いで12月16日午前7時すぎである。だからあわててこれを書いている。彼女はというと、死んだように動かない。疲れていたのかもしれないし、本当に死んでいるのかもしれない。少しも動かない。おーい先輩。お腹が空いたよ。でも朝食をとろうにも、この部屋にはパンも米も、炊飯器すらない。不安になる程物がないのだ。台所にはペットボトルの麦茶数本のほかに、無駄に綺麗なフライパンと鍋、割り箸と紙皿、グラスが1つ、あとは私が買ってきた食料くらいしかない。部屋には小さいテレビとベット、あとは最低限の服と書類。私が床に散らかしたゴミ。白いカーテン。ここが誰の部屋なのかよく分からない。彼女が誰なのか、私は知らない。床が広い。壁が白い。天井が高い。寒い。怖い朝だ。

この人は、少し身軽すぎるように見える。こんなに身軽では、いつでもどこかへ行ってしまえる。それでは私は困るのだ。だから迷惑だと分かっているのに、つい色々買ってきてしまう。
今からまたコンビニに行って、パンだのおにぎりだの、スープはるさめだの買ってこよう。試しに、一度では使いきれないココアパウダーや牛乳なんかも買ってみよう。
帰ってきて彼女がもしも生きていたら、
私は一緒に、朝ご飯を食べたい。

“薔薇の香り (1)” への2件の返信

  1. 「この人は、少し身軽すぎるように見える。こんなに身軽では、いつでもどこかへ行ってしまえる。それでは私は困るのだ。」
    ここいいなあ。二人の関係性がぐっと複雑に見えるようになるね。

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