セカンド・ドリーム

1年前、「小説を書くぞ!」と決めた。初めから、何か書きたい物語を思い描いていたわけではない。とにかく何か書こうと決めていた。セカンド・ドリームを探していた。

主人公が28歳の誕生日を迎えたところから、物語がスタートする。護身術ジムのインストラクター。彼女は周りの人の尻尾を見ることができる。
例えば、ワニ、モグラ、馬、リス、ワオキツネザル。人それぞれ違う動物の尻尾を持っている。けれども、主人公にだけは尻尾が生えていない。それはなぜか。物語の中で明かされる。
……というお話。

子供の頃の私は、動物の尻尾が羨ましかった。尻尾で水を蹴って水中を自由自在に泳ぐイルカ、毛布のように自分の尻尾を巻き付けて眠るリス、垂直に伸びたワオキツネザルの尻尾。
人間にも尻尾があったなら、どんな感じだろうと想像した。そこから、「尻尾が見える」主人公が生まれた。

クラヴマガでの経験を書きたかった。
2年ほど前から、クラヴマガに通っている。キックボクシングみたいにパンチやキックの練習もするけれど、メインは護身術。手を掴まれた時の振り解き方、首を絞められた時の外し方や、床で上から乗られた時の反撃方法などを教えてくれる。
空手や柔道やプロレスやボクシングではなくて、護身術。勝つために戦うのではない。自分の身を守るための技なのだ。

ミドルキックの練習が苦手だった。片足の膝を上げ、横合いから相手の脇腹を狙う技だ。腰の回転がネックになる。何が難しいのかというと、バランスを取るのが難しい。片足立ちができなかったのだ。
ある時、コツを見つけた。見えないけれど尻尾を意識する。もし尻尾があればこういう動きをするだろう。するとうまくバランスを見つけることができ、安定した蹴りになる。実際には尻尾ではなくて手の振りでバランスを取るのだけれど。
体幹トレーニングもやった。鍛えられたのが自分でもわかる。今ではパジャマのズボンを履く時や、靴下を履く時に、片足立ちでよろけなくなった。
背骨と尻尾は繋がっている。それは、体の軸みたいなものだと思う。

書き始めた時にはこの小説がどこに行き着くのか見えていなかった。
書いているうちに物語の「軸」がどんどんブレるのだ。初め、疲れた人たちに「頑張りすぎないで」というメッセージを送る物語だった。次第に子供時代を懐古する物語に変わった。最終的には、過去の過ちを振り返る、そんなストーリーになった。
本当は、プロットをしっかり組み立ててから書くべきなのだろう。行きつ戻りつしてあちこち直しながら進んでいく。悪い書き方をしてしまったなと思う。
出来の良し悪しはともかく、私が28歳の誕生日を迎える頃、完成した。

やり遂げた感はあまりない。それよりも時間が経つにつれて、できなかったことの方が気になってくる。心残り、というか、圧倒的な不足感。
いつかもっと書くのが上手くなったら、「28歳の駄作」と呼んでやろう。「23歳の駄作」よりは進歩していると思いたい。
たぶん、進歩してないかも。
だって主人公が全く成長していないのだ。これはいかん。

難しいなあ、小説を書くのって。
今私がいるのは、最低レベルだ。とりあえず、書くことはできるのは証明された。
ただ書けるだけでは意味がないんだ。ちゃんとしたものを書きたい。人に読まれても恥ずかしくないレベルのものを。

次だ、次。
さあ、何を書こう?

足元には、これから書かれる物語が眠っている。一歩一歩、掘り起こしていかなくちゃいけない。ここからずっと進んでいった先に何か驚くようなものあるのかもしれないし、それとも永遠に辿り着けないかもしれない。
どんな物語ができるのかわからないけど、でも書きたいなと思う。すごく書きたい。

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