こんにちちは。よしだじゅんやです。
今日は綾部が投げたお題について書こう。もうね、頭をつかってへろへろになっているので、右脳を使って回復をはかりたい。
さて、「よしだ君、○○に似てるね」の○○について考えていこう。
幼稚園の頃は「稲垣吾郎」にそっくりだった。髪の毛がさらさらでマッシュルームヘアでとてもかわいらしい子供だった。小学生になると、親にむりやり剣道の少年団に入れられた。理由は「純也は打たれ強く、礼儀のある子になってほしい」だった。残念なことが二つある。一つは髪の毛のお話し。剣道を始めると同時にサラサラマッシュルームヘアをスポーツ刈りにしたのだ。そして剣道の面をかぶって竹刀で叩かれているうちに、僕は恐ろしほどのくせ毛に変化したのである。今でもサラサラヘアに憧れて、「くせ毛 治しかた」みたいなワードを検索エンジンに放り込むのだが、そこに書かれていることは「毛根が歪んでしまっているので治しようがない」ということだった。僕は10年間くらいgoogleの検索エンジンに同じ問いを繰り返し問うてきた。googleのクロール速度やリコメンド機能は日に日に進歩していったが、「くせ毛 治し方」の答えはいっこうに変化することはなかった。認めるのは本当に苦しんのだが、おそらく、あまりにも正しいタイプの事実なのだ。「炭水化物ダイエットが有効か」という問いには議論の余地があるが、「カロリー収支をマイナスにすれば痩せる」はどうしようもなく正しい事実だ。つまり、話をまとめると、僕は今後ずっとくせ毛のまま生きていくことを余儀無くされたのだ。剣道は僕の健やかな毛根をめためたに荒らしていった。二つ目の残念なこと。それは僕に「打たれ弱く、礼儀のない人」になるきっかけを与えたことだ。人生が複雑な分岐の繰り返しだとしたら、間違いなく僕の人生は「剣道」によってあらぬ方向に進んでしまったのだろう。
本当に、本当に、よく似ていたのだ。幼稚園から小学2年まで、多くの人が僕のことを吉田ではなく「吾郎ちゃん」と呼んでいた。少なからず、それは僕のコミュニケーションのきっかけになっていたし、年上の女性に可愛がってもらうための手段として非常に有効だった。僕が「稲垣吾郎」と名乗ればすべての人は首を縦に振って握手を求めたし、僕が「稲垣吾郎」然として学校を歩くと、すべての人は道をあけて僕の顔をじっと眺めたのである。
そして、僕は小学3年の春を境に、それらすべてを失ってしまった。剣道を始めるのだ。
今日も読んでくれてありがとう。頭にわかめをのせて生きる人生。
剣道部だったの知らなかったなあ
部活は美術部です。
「googleのクロール速度やリコメンド機能は日に日に進歩していったが」よしださんのこういう表現好き。
嬉しい!たぶんもりきちしか褒めてくれない