わたしが住んだ街のおはなし(よん)

 

 

「見てください、ペンギンが空を飛んでいます!」東の都の北部に池を貯める袋の街がある。そこにある水族館が「天空のオアシス」というコンセプトでリニューアルオープンするニュースが流れていた。

「都会の空を、ペンギンが飛びます!」

青い液体は少し透き通っていてその向こうに空にも届きそうな建物が並んでいる。青い液体、青い天井、白いわたあめ、灰色の高過ぎる無機物。そして、たくさんの可愛らしい飛べないはずのペンギンが飛んでいる。

ペンギンは東の都で飛ぶことができて、どうしてわたしは飛ぶことができないんだろうか。

わたしはペンギンにほんの少し、嫉妬をしていたのを覚えている。

 

 

そして高校卒業と共にわたしは北の国から卒業した。

大きなスーツケースを引っ張って家族と一緒に東の都へやってきたわたしはエレベーターで地面深く深くまで降りた。そこは古寂れた方ではなく新しいかっこいい方の灰色をした壁を取り囲んだ広い空間になっていた。いくつか並ぶ画面から切符を買って改札を通ってはまた下へ降りるエスカレーターに乗る。ここまで地面深くに建造物が埋められているなんて、わたしが生まれた街には見たことも考えたこともなかった。エスカレーターで下に降りればそこは半円形の横長い空間が広がっていて、両脇には小学生低学年の弟が見上げるほど高い壁があった。上にぶら下がる電子掲示板に「電車がまいります」という文字が踊る。そして数秒後、高い壁の向こうに箱型の横長い乗り物がやってきて、停まった。

比較的新しくできたこの電車の線は東の都から学園都市までを結んでいて、1時間いらずで行けるほど早い上、全駅にホームドアという転落防止の壁がついているし、車が通る踏切はないし、駅の3分の1ぐらいは地下に埋まっている。そのためか、めったに遅延をしない線として有名らしい。学園都市はロケットと共存するだけであって近未来的な街とも呼ばれていて、まだ東の都なのにその駅の雰囲気からもう「近未来」を感じ取ることができた。

一度地上にのぼった横長い箱型の乗り物の窓から3階以上の、数十階ものの建物が並ぶ街を眺めていた。その向こうに空の塔が東の都の王様として居座っている。東の都の王様はちょっと前までは赤いブロックだけで積み立てられた幾何学的な大樹だった。しかし、革命が起きて赤を過去とした。かっこいい灰色をしたブロックだけで積み立てられ、幾何学的な大樹よりも遙かに高い空の塔ができた。以来、東の都の王様は空の塔になったのだ。

わたしはぼーっとその景色を眺めた。段々と建物が低くなる。まるでダーウィンが唱えた進化論の逆行のように。そして建物はなくなり、辺り一面田んぼが広がっていた。わたしが生まれた街に似てきたなあとぼんやりと。そうしているうちにまた地下に潜り、綺麗な景色を映し出した窓が真っ黒に染まる。リズミカルに光が点滅しては段々と短い線を描いていく。そして、重力に押される感覚が起きる。着いたのだ、学園都市に。

乗り物から降りた私はエスカレーターに乗って地上にあがる。先ほど買った切符をもう一度改札に通して入国終了。そんなことで、わたしは次の街へ引っ越すことになった。地上へ上がると「近未来」と感じられるほどにガラス張りの、この街を入出国の役割を果たす建物。その向こうにはかっこいい灰色とガラス張りでできたショッピングモール。近くにバスターミナルがあり、たくさんのバスが行き来している。周りには3階以上の数十階もある無機物な建物で囲んでいた。

ついに北の国から亡命し、わたしはこの街へやってきたのだ。

わたしはこの街にある大学の寮に入ることになった。環境は控えめに言って最悪だった。4畳半の部屋に物置なんていうものはないし、キッチンとトイレと洗濯と風呂は共用で、建ててから長く古いのかあちこちに汚れを感じるし、北の国にはいなかった黒光りの生命体がいるのだ。

「牢獄かよ」と漏らした言葉に新しくできた友人は同意してくれた。共同生活というのは高校のときから寮生活だったため慣れてはいるつもりだったが、話は全く違った。高校の寮生活は先生が常に監視しているため最低限の治安は保たれていたし、就寝時間と起床時間は決まっていて「時間よ、起きなさい!」と起こしてくれる寮母がいたし、食堂があってご飯は三食しっかり出ていた。

しかしそれらが全くなかった。監視する人がいないため、治安は自分で守るものだし、就寝と起床は自分で決めるし、起こしてくれる人はもちろんいないし、食堂なんて甘いものはないので、餌は自分でなんとかしなきゃいけなかった。まあ大学に食堂はあるが、平日昼のみ営業でそれ以外の餌は自分で取らないといけない。自分のことは全部自分でやらなきゃいけない。わたしはそこに「ああ大学生になったんだな」と感じたのだ。

そして学園都市という名前だけであって若い人がとにかく多い。多すぎる。「少子高齢化は本当なのか?」と疑うほどに。その上、外国人も多い。住み始めて後から知ったことは留学にとても人気な街だということ。バスに乗ると乗客のほとんど外国人の時があり「えっ日本だよね?」と思ってしまったことがある。

住めば都という言葉はいい言葉だと思う。住み始めてすぐ環境に適応することができた。家事と勉強に慣れた頃、バイトも始めた。そして得たお金で東の都に行き、遊ぶ。

東の都で遊ぶにつれてわたしは「もしかしたら東の都の環境はわたしの体に合わないのかもしれない」と思うようになった。多すぎる人々に息は詰まるし、緑よりも灰色が多い環境に目が疲れるし、便利すぎて吐き気がしそうだった。その面、ちょうどいい多さの人々に、緑と灰色のバランスも良く、便利でも不便でもない学園都市にわたしは段々と好きになった。

「電車通勤、大変じゃない?」秋なのか冬なのかわからない日差しが射し込む喫茶店で、大学を卒業してフリーターになったわたしは大学四年生に進学した自転車に乗れない彼女に言った。学園都市は広く、彼女は電車でバイト先である喫茶店まで通勤している。

「いやでも満員電車に巻き込まれたことないし、意外と座れるし、快適だよ!」

フリーターになったわたしは引っ越しを考えている。その候補地によっては電車通勤も有り得るため、生まれてからいままで電車通勤したことがないため、どんな気持ちなのかを彼女に聞いてみたのだ。

「どんな気持ち?って」と彼女は笑っていた。「割と普通だよ」

今まで4つの街に住んだことがあるが、最初は確かに驚きの連続だった。しかしやがてそれが「普通」になっていく。どんなに魅力的な街でも住んでしまえば「魅力」は「普通」になるんだ。いつの日か、わたしがあの憧れの東の都の住民になれたとしても「普通」に成り下がるんだろうなあと、彼女と話しててそう思い始めた。しばらくこの街について話したあと「でも」とわたしは切り返した。

「ここはいい街だね。君は素敵なところに生まれたんだね」

その時はもう、わたしの東の都への憧れは、少し薄くなっていた。

 

 

以上でわたしが住んだ街のおはなしは終わります。ありがとうございます。もし、この先また引っ越すことがあったら(ご)がでるかもしれません。そのときはまたよろしくお願いします。

 

“わたしが住んだ街のおはなし(よん)” への2件の返信

  1. チーバくんがおもてなしするところオススメですよ。田舎っぽさがあるのに、複数の部品が詰まった機会の塊で川を渡れば、目の前に東の都〜〜〜

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