買った靴を諦めるまで

100均で踵ずれ防止のパッドを見つけた。試してみるか。

23.5を買った。なんか踵がパカパカするなと思ったら、今まで履いていたのより0.5センチサイズが大きいことがわかった。だめだこれ、もうこれ以上我慢できない。
歩けなくはないがものすごく疲れる。脱げないように、転ばないように、常に神経を使うからだ。半日で音を上げた。

今まで履いていた靴があちこち傷がついてボロボロで、先日ついに500円玉ほどの大きさに外皮がはげたので、そろそろ新しく買い替えようと思ったんだ。もちろん、買う前にちゃんと試し履きして確かめたよ。ちょっとぶかいな、思ったより重さがあるな、という気はしたけれど、23を試したら今度はきつく感じた。23.5だという思い込みが頭のどこかにあったのかもしれない。思い込みが感覚を鈍らせる。
その日一日、また別のパンプスを履いていて感覚が麻痺していたんだな。
そのパンプスはサイズは合うのだけど、踵が3センチでぐらぐらして歩いていると足が痛い。もともと友達の結婚式に呼ばれた時に、いつも職場でに履いている傷だらけの靴ではあかんなと思ったから、踵が細めでカッコよく見える靴を選んだ。黒のシンプルなデザインなら仕事にも履いていける。
そう考えて選んだのだけれど。
見た目はとても好きなんだけど、毎日履く分には足が痛くなるからダメだ。いつかまたフォーマルな場に行く時のために取っておこう。靴箱に仕舞い込む。
そんなことを3回ほど繰り返した。
前のボロいのに戻ったり、やっぱりカッコいい靴を諦め切れない思いもあってもう一度と試してみたりしているうちに、古いパンプスの皮がずるっとはがれてしまった。もういい加減、疲れる靴には凝りた。新しいのを買おう。

前に買ったのと同じ店、同じ売り場、同じ商品。古いパンプスと全く同じメーカーを選んだ。
足音が響くわ、ぐらぐらするわ、パンプスなんて大嫌いだが、これなら唯一我慢できる。靴底のクッションがしっかりしていて、安心安全2.5センチヒール。2年間毎日履くうちに信頼は溜まっていった。
あーあ。サイズさえ合っていれば完璧だったのにな。悔やんでも、時間は巻き戻せないし払った金も戻ってこない。
どこかに同じパンプスの23センチを間違えて買ってしまった人がいて、23.5と交換したいなと思っているなら私は喜んで応じる。そんな偶然あり得ないか。

思い出すのはこのフレーズ。

in one’s shoes

「誰々の立場に立って」という表現を英語は靴で言う。日本の下駄とか草履では絶対こんな表現は生まれなかっただろう。靴でなくてはいけない。

「考えてみてください。人類が発展した理由は文化の伝播です。それは人間の移動によって成し遂げられた。移動に不可欠な道具は靴です。そして歩きよい靴をつくるのには、恐ろしく知恵が必要です。靴こそ、初期の人間の叡智をそそいだ対象といっても過言ではない。つまり靴つくりのギルドは、とても頭のいい連中の集まりだったはずです」ーーー 長崎尚志『ドラゴンスリーパー』

たった0.5センチでも大きい靴を履いたら、「ああ、こんなに違う!」と実感する。たった0.5センチ踵が高いだけでこんなにも足元がおぼつかない。
加えて足の形とか歩き方のクセとか、毎日歩いているうちに靴それ自体、人の足に合わせて変形していく。他人の履いている靴に足を入れてみたらよくわかるかもしれない。「ああ、こんなに違うんだ!」って。
誰か他人の立場に立つとは、本当に難しいことなんだなと思う。一人ひとり、どうにも合わせようがない足を持っている。

たった一日だけ履いて捨ててしまうのも勿体無い。どうしたものか。知恵のない私はただ絵を描く。
描き終えたら満足して、「もういいか」と思うことができた。
もしまた買う時には、過たず23センチを選ぶことができる。何事も前向きに捉えて生きていきたいね。今回の失敗のおかげで、もっといい靴に出会えるかもしれないよ。

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