頑張ったり、諦めたり

今日は北広島へ行きたい。そんな気がした。けれど私は市内へ行かなくてはならなかった。何故、市内なのだ。市内へなど、私は行きたくない。今日は手ぶらでひょろっと、北広島へ行きたいのに。そんな気分なのに。正確で生真面目な電車が、時々は好きだけど今日は嫌い。「いや、お天気がパリッと気持ちいいんでね、ちょうど土曜日やし、本日は夕方までおさぼりすることにしまして。すんませんね、おほほほおん。」なんて、たまには言ってほしい。試しにちょっと言ってみてほしい。いいじゃないか、ねえ。かわいいじゃないか。

いじけた気分で電車に乗り込む。

去年7月の豪雨でこっ酷く土砂にやられたこの線路は、整備が終わるまで約3か月かかった。路線が再開した後、電車から見える風景は随分と変わった。線路脇には今も土や砂利がうず高く盛られ、山肌は生々しい赤が露出している。川は白っぽいゴロゴロした岩でまだ半分が埋まっているし、家や小屋は地盤ごとぞろっと傾いていたり、屋根から壁からぶっ壊れていたりする。ブルーシートの青ばかり冴え冴えとして、なかなか、気の重い風景だと思う。この景色が傷を癒す前に、またこわい夏はやって来るんだなと思う。

土砂に埋まった田舎の道、土石流で抉れた川岸なんかをね、元に戻すのって大変なんだってね。いや、そんなん当たり前だろって、思うでしょ。でもなんていうか、想像してたよりもずっと、大変なんだなーって。私が育った場所も、夏が来るたびに何処かをこてんこてんにぶっ壊されるけど、そのうちいくつかの場所は、もう直さないことが決まってるらしい。いつか直そう、じゃなくて、もうそのままにしとくってこと。誰々さんの畑へ続く道、誰々さんと誰々さんの山を繋ぐ道、そのひとつひとつを直すほど、町にはお金がないし、もう人もいないんだよね。だからいくつかの畑や山は、諦めて手放す。そんな風に、話し合いで決めていく。

そういえば、昔一緒に暮らしていた犬と歩いた散歩道も、今は無くなっている。以前見にいったら途中から思い切り横の斜面がくえて、土と石に埋まっていた。その道はずっと奥まで登っていくともっさりした仄暗い山に繋がっていて、その山際はなんでかいつも、誰もいないのに何かが燃える匂いがしていた。犬はその匂いがしてきた辺りで立ち止まると、選りすぐりの草の根元で、ほやほやとあったかそうなウンコを1つするのが日課だった。そして彼が丁寧にウンコする間、私は意味もなく辺りの草を千切ったり、蛇苺をつついたり、栗のイガを蹴ったり、雪の日は雪玉を作って木の枝にさして、雪の実を実らせたりした。

犬は随分前に死んじゃったし、あんな山道にあった景色なんて、今はもう私しか知らないんじゃないかな。

だあれも知らない。ふふ、いいだろう。

ぜえんぶ、土の中さ。

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