「校長先生の話は鼻くそなので話すことはありません。今月も頑張りましょう終わりっと」鍛えていてガタイがよく、日焼けなのか元からなのかわからない黒い肌をしているスーツを着た初老の男性が鼻くそをほじる仕草をしては、周囲に笑いが起こった。校長先生も笑っていた。
とても高い天井に数々の管が行き来している隙間に申し訳なさそうに居座っている照明が広い空間を照らしている。茶色い床、黄色い扉、奥にはトランボリや大きなクッションといった遊具が置いてある体育館で「全校朝会」とかいう月に一回ある行事が行われていて、身長順に並んでいるわたしたちは校長先生の話を聞いていた。
確かわたしがまだ小学低学年の頃だった。その頃わたしは校長先生が大好きだった。
2時間目と3時間目の真ん中に昼休みほど長くは無いが、休み時間より長めの中休みがある。10時過ぎだった。いつも中休みや昼休みになると早足で駆け出し校庭や体育館で遊んでいたが、中休みは時々校長室に行っていた。
広めの部屋がふたつくっついていて、ひとつは応接するための柔らかいソファーに囲まれたテーブル、その奥に立派なデスクと座るだけで眠れそうな校長先生の椅子がある。もうひとつは会議室とも呼ばれる、大きな机のまわりにたくさんの椅子が囲んでいた。壁の上部には歴代校長の写真が立派に飾られ並んでいて校長室を見守っている。
中休みのチャイムが光っては「今日は行く?」と友達に声をかけられる。「行こうぜ!」とわたしは応える。
そう決まっては1階まで走り出し、立派なドアに遊ぼうぜと言わんばかりのノック連打をする。そして「ばーん!」と効果音をわざわざ言いながらドアを元気よく開ける。それがわたしの校長室への入り方だった。
「ようよく来たなガキ」「今日もあそぼう!」わたしと友達は校長の許可なく立派なソファーに座る。いつも通りのふわふわ加減だった。今思えばなんて生意気なクソガキだったんだろう。それでも校長先生は笑っていた。
「さっきまでなんの勉強してたか?」「算数!今日はなんか分数とかそういうのやってた!」「おう先生の話はちゃんと聞いてるか?」「そこそこ!」「だろうな」校長先生は笑顔を崩さない。
校長先生はいい意味で校長先生らしく無かった。全校朝会での挨拶はいつも短いし、必ず一発ギャグをかましている。事前確認もせずに校長室に突撃しても怒られない上、仕事を一旦やめて遊んでくれた。校長先生によくあるような「自分語り」も無ければ「だらだら説教」も無かった。
ある日、わたしは校長先生にこう聞いたことがある。
「ねーねー、なんで校長先生いつも挨拶短いの?」
校長先生は「ふむ」と手元の書類を置いて一息入れた。
「なんだ長い方がいいのかね?」
「嫌」
「素直でよろしい。俺がいくら長く語ろうときみが大人になる頃はどうせ忘れてる。なら面白いことでも言ってさっさと終わった方がいいだろう。長すぎる話がみんな嫌いなら、おもしろいことをした方がいいだろ」
「うん!面白い方がいい!」
「だろ」校長先生は笑っていた。「そろそろ時間だろ?」
時計を見ると次の時間が始まるまであと3分しかなかった。校長室に来るといつも時間があっという間だ。
「大きくなるならさ、俺みたいになれよ」
「うん!」
元気よく手を振ってばいばいした。校長先生は笑って片手をあげてくれた。
かっこよかった。
わたしが大好きな校長先生は3年で別の学校へ行ってしまった。最後の別れも校長先生は笑っていた。こんなにも楽しそうに笑う大人に、わたしはなりたいと思っていた。
次に新しくやってきた校長先生はいかにも「校長先生」という感じでその時からわたしが校長室に遊びに行くことはもう無かった。
無邪気でかわいいさとりちゃんが浮かんでくるね。
どうしようもないほどクソガキです。クソガキエピソードまた思い出したら書きます。
泣いた。
どこで泣きましたか??