嫌なことがあった。

 

嫌なことがあった。

わたしは、大根嫌いではなかったのだ。

小さな頃に食べた大根のえぐい苦味が忘れられず、それから15年間大根を避けて生きてきた。

どうしても食べなければならないときは、あからさまに鼻をつまんで喉奥に押し込んだ。

しかしこの前、友人に「これは大根だけど、まるでトリュフのような大根だ」と言われ、大根を口にしたのだ。

「そこまで言うなら、きっと特別な大根なのだろう」と。

それが感動するほど美味しくて、「この大根なら食べられる」とパクパク口の中に放り込んだ。

ところが、その大根はコンビニのおでんに入った、ごく普通の大根だったのだ。

 

こんなことがあった。

バイト先でコーヒーを淹れてお渡ししたら

「障害者が淹れたコーヒーなんか何が入ってるかわからないから嫌だ」

とお客さんが騒いだのだ。

「どうしてですか」と聞き返すと、彼は言った。

「無能なくせに出世したやつがいる」と。

 

わたしは怒りを覚えた。

障害者だからといって、名も知らないやつの非をこっちまで被らなきゃいけないのは損だと。

「障害者」というカテゴリーがあるからといって、会ったこともない障害者の行いの責任までこっちが被らなきゃいけないのはなぜ?

本当にむかついた。

 

嫌なことに気づいた。

友人に「それ、コンビニのだよ」と半笑いで言われた。

「大根ってやつは、こんなにも美味しかったのか」と関心したついでに、罪悪感がふつふつと湧いてきたのだ。

もしかしたら、最初に食べた大根が特別にまずかっただけかもしれないというのに!

これまで、まともに味わってもらえずに胃袋に消えた大根たちに謝罪を申し上げたいと思った。

あのクレーマーおじさんとわたしは一緒なんだ。同類なんだ。

ガツンと頭を石で殴られたような最悪の気分だ。

 

わたしは責任を感じた。

バイト先でも、大学でも、聴覚障害はわたしひとりである。

ということは、周囲には「知っている聴覚障害者はななこだけだ」という人もいるだろう。

そういう人たちにとって、わたしは〈聴覚障害者の代表〉なのだ。

もし、わたしがゼミの仲間の財布から金を抜き取ったとしたら。

その人をはじめとした、周囲の人々に「聴覚障害者は泥棒だ」という固定概念を生成してしまうかもしれない。

 

今日、こんなことがあった。

バイト先の店長との面接でこんなことを言われた。

「ほんとうはよくないけれど(障害者がいなくてもそうであるべきだけど)、やっぱり障害者がいると空気が比較的あったかい気がする」と。

きっと、「助けてあげたい」という親切心がより見えやすくなっているだけだと思う。

それは店舗の空気を柔らかくするだろうし、人々の「社会貢献」に対する自我の芽生えを助けることもあるかもしれない。

だが、わたしはそれを重いと思った。

もし、わたしが「助けたくない」と思われるようなダメな人間だったら。

きっと、そのお店は聴覚障害者を採るのを躊躇するだろう。

この上なく嫌なことだなあ

“嫌なことがあった。” への4件の返信

  1. 大根の例え、スッと入ってきました

    自分も、きっと無意識にこういうことをしてるんだろうなとガツンと頭を石で殴られたようでした

    1. ステレオタイプの上で生活したほうが楽なこともいっぱいあるので、一概に「よくない」なんて言えないですよね。
      でも意外と、世の中はそういうもので溢れているんだと思います。

  2. こういうことってよくある話だなとつくづく思います。
    中学校の先輩が悪いことしたから修学旅行でディズニーランド行かないとか。

    私は留学生のコミュニティの中でよく遊ぶのだけど、留学生を国なんかで括ることはしないようにしてる。
    国際人って他の文化を受け入れるって意味もあるけど、ガイジンとか◯◯人ってカテゴリーで括るのではなく一個人として付き合うのが大切なんだなと思う。当たり前のことなんだけど難しい。

    考える機会をもらったので嫌な思いをしたけどあなたは損はしてない。

    1. そういえばゲイの友人がわたしにこっそりカミングアウトしたことがありまして。
      そんなに仲良くもなかったし、なぜわたしに?と聞くと「だってLGBTより聴覚障害のほうが分母数が少ないじゃない」と言われたんですよ。
      きっとそういうことなのでしょうね、、、。

      外国人(特にマイナーな国からの)はすごく肩身が狭いんだろうな、と思います。
      ハーフ=英語ペラペラという固定概念もそうですよねえ、いやあ難しい。

      ありがとう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。