まぼろしを聴く

今日は1時にバイトをあがることができた。

曇り空の下、自転車を走らせる。ボブ・ディランの「風に吹かれて」を聴く。
コーヒーと揚げ物の匂いは、風の中でかき消される。エンドレスに続く耳鳴りを、ゆったりとした英語の響きが包み込む。

『アヒルと鴨のコインロッカー』の主人公は、好きな女の子のために必死になって「風に吹かれて」を覚えたんだ。私も今、必死になって覚えようとしている。この歌が好きになってしまったから。

今日一緒のシフトだった新人さんは、フィリピン出身だと教えてくれた。

お客さんの声が聞き取りづらいという点では、彼も私と同じかもしれない。
「日本語難しいです」と言っているけど、話しているところを聞く限り、下手だとは全く感じさせない。

実を言うと、私はちゃんと彼の日本語を聞いていないのだけどね。なんて言ってるのか言葉はよくわからない時あるけど、なんとなく雰囲気で読み取ってしまう。

あ、カフェラテか。
ポークフランクか。
ああ今のは、
「くしゃみが出そうだったけど、出ない」と言っていたのか。

言葉当てゲームみたいなものだ。
自分でもどうやって推測しているのか説明できない。あれやこれや、わかった部分をつなぎ合わせて、相手の言わんとすることがなんとなくわかるんだ。

自信のない推測がけっこう当たってしまうのなら、これは自信を持ってもいいということなのか。
慣れ親しんだコンビニのレジでは、綱渡りにも似た、スリルさえ感じる。

「風に吹かれて」の英語だって、正確に聞こえるわけではない。歌詞を眺めながら、足りない音をイメージで補う。
何度も何度も、繰り返すうちに、あの音の響きを頭の中で再現できるようになる。

私は、いったい何を聴いているのだろう。
まぼろし?

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