橋の向こうの端からやってきた人

私にはいろんな秘密がある。

こうしてここに書いておけば、ちょっとは秘密じゃなくなるかな。痴漢にあったこと。借金をしそうになったこと。猫の絵が描かれたお金をもらったこと。たぶん他にもまだまだ秘密はある。
それから、一人暮らししたいと思っていたこともあまり話してこなかった。

別に隠し事が好きなわけじゃないんだ。
私は何かを話すことに慎重な傾向がある。話したらそれが真実になってしまいそうだから。例えば「空を飛べたらいいなあ」という願い事やたわいもない夢の話みたいに、なんでもないように話すには、どうしたらいい?
多分日頃からどうでもいいことをしゃべる必要があるのだろう。それがなかなか難しい。だから、結局何も言わないことを選んでしまう。

そんな私が、
「この人にならなんでも話せる」
心からそう思えた。

年齢差や付き合いの長さは、話しやすさに比例しないのかもしれない。私たちが会っていたのは、たった2ヶ月の間だけだった。
私の親よりも10歳上で祖父母よりも10歳下の年代に位置しているその人は、同年代の友達よりもずっと話しやすかった。

自分でも驚くほど、私は饒舌になった。
好きなスポーツ、動物園のバリアフリーについて、コロナウイルスが拡大する現状、教育について、将来のこと、過去のこと。
言いたいことがするすると言葉になって出てきた。
歩いて移動しながら、あるいはお昼ごはんを食べながら、私たちは打ち解けた雰囲気で話をした。私の敬語はかなりざっくばらんになっていたはずだ。

最初の出会いが上手くいったからかもしれない。
初めて事務所を訪れた日、私は元気いっぱいに挨拶した。挨拶は大事だと、どこか別のところで別の人からアドバイスされたばかりだったから。
気合の入った挨拶は最後の日まで続いた。気合入りすぎなくらいが、私にはちょうどいいのだろう。話すのが苦手だというセルフイメージを打ち壊すことに成功した。

私たちの間にあったのは、決してビジネスライクな関係ではない。利害が絡んでくるのでもなく、かといってどうでもいい他人でもなく、もっと友好的で温かみのある関係だった。
いい印象を与えなければならないと、気をつかう理由はどこにもなかった。すっかりリラックスしていた。同時に私は相手のことを心から尊敬していた。

しかるべき地位にいたから?
それもあるかもしれない。
年齢も立場も生い立ちも、全く違うお互いが、こうやって知り合って話しているということに、大きな意味を感じていた。橋の向こうの端からやってきた人と、自分の持っているものをできるだけ多く、交換しようとするみたいに。
生活や分野がどれほどかけ離れていても、社会はつながっているんだなあと思う。

立場の違いがなかったとしても、私はその人のことを尊敬しただろう。
数年前に脳梗塞を患ってから、言葉を理解することが難しい、と彼は言った。話している最中、よく言葉を詰まらせた。地名がわからない時は地図帳を開いた。ニュースになっていることだったら、新聞を広げた。スマホで検索した。
そういう時、私は言葉を見つける手がかりになりはしないかと、当てずっぽうに言ってみる。または、相手が言葉を探す邪魔にならないように静かに待った。
脳梗塞になる前に出会っていたなら、どんなに頭の良い人だっただろうかと、私はよく想像した。時々言葉が迷子になることがあっても、頭の中ではいろんな物事が繋がりあっている。話していればその思考の深さを感じとることができた。
でももし、考えたままに言葉を発する人だったのだとしたら、きっと私は対等な気持ちで話せなかったんじゃないかと思う。だって、理路整然としゃべる人を前にすると、緊張しちゃう。

なんでも話したいと思う相手だったけれど、私は時々彼の言葉を聞き逃した。向こうでも私の言っていることを全て理解していたのだろうか。本当のところはわからない。理解しているように思わせることにかけては、私の遥か上を行っていた。
いつも、相手の言葉に真摯に耳を傾けていた。
それは彼にとってどんなに努力を要することだっただろう。私が聞こえる人の言葉を一生懸命わかろうとするのと同じように、彼がみんなの話を聞く努力は本人以外の誰にもわからない。

最後に会った時、なんとなく私は打ち明けた。
「一人暮らししたいなあと思っています」
その時はまだ本当にそうしようと考えていたわけではなかった。
「この街に、来てください」
本気で言ったのではなくて、社交辞令みたいなものだったかもしれない。けれどもその言葉が私はすごく嬉しかったんだ。

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