想いがあれば、言葉はいらない。10分よこの仕事

お疲れ様です。よしだじゅんやです。

言葉は少ない方がいいよね。と最近感じています。

僕の強みというのは、そこいらのコップと、吸血鬼についてだとか。愛とは何かとか、なかなか言葉にしづいら微妙なニュアンスを含むものを、自分の言葉を使って何とか論理を通して喋れることにあると考えています。

この世の中には、そこまで吸血鬼とか、愛とかに向き合って言葉にする人がいないので、希少価値がわずかばかりにあって、それによって飯が食えているという状況でした。僕から、そのロジックを通す力、というのをとると、多分何も残らないんじゃないかな。それくらい自分にとって生命線のような力だったりします。

ただ、問題があるとすれば、言葉をたくさん使う、というのは話せる状況が限られちゃうということです。僕が10分間くらいしっかりと話をして、それを相手がうんうん肯いて聞いてくれればいいんですが、少しでも話の腰が折れれば初めから、話していたことが意味をなさなくなるので、おしゃべりのサイズ感に合わせた場所を選択しなくてはいけません。

社会人になると、それがとても難しくなります。現在は可処分所得ではなく、可処分時間の取り合いである、と言われるように、偉くなればなるほど、人は自由に使える時間というのが減ります。これは余暇に限った話ではなく、仕事中にも当てはまります。えらくなればなるほど、会議に取られる時間が多くなり、昼飯を食べる余裕もなくなる、というのはざらにあります。(僕はたいして偉くないので、いつものんびりと日向ぼっこをしながらご飯を食べています)

自分自身が社会人になると、お付き合いする人たちも、同じく社会人の方々が多くなり、それに伴って相手の可処分時間というのは減っていきます。ここで重要となるのは、いかに短い時間で価値のある会話をするか、ということになります。議論しなくてはいけないことが10あるが、実質議論できるのは時間的にたった1つだけ。とか、上司が10分間休憩している隙を狙って大切な話を耳に入れたりとか。あるいは、朝礼のようなところで、みんなに手短に、かつみんなの心を打つような話をしたりとか。とにかく、短く、核心をつき、大きな価値をうむというのが大事になってきます。もうね、僕の得意とする会話と真逆なんですよ。これは困ったなあとじわじわと感じているのです。

もちろん、本屋にいくと、コミュニケーションに関するビジネス書は溢れています。「起承転結を心がけよ」とか「結論ファーストを意識せよ」とかね。わかりやすい技術はたくさんあるんです。当然、基礎知識として、それを学ぶのは大事なんですが、どうも偉い人というのは、巷に溢れる技術以上の何かを持っているように感じるのです。

それが、「想い」を持つことだと最近気がつきました。Amazon Prime Videoでバチェロレッテを鑑賞していました。見た人も多いとおもいます。一人の女性を巡って十七人の男が猛アプローチをするという企画です。
作品を見ると、もう、一話目が大変なんですよ。尺は1時間しかないっていうのに、登場人物は十八人も現れるのですから、番組としては全員の紹介を組み込まないといけないんですよね。となると、自己紹介にしても、女性へのアプローチにしても、話せる時間は1こと、よくて2ことです。中には優秀な企業家も含まれていて、鮮やかな自己紹介を女性にしたりするのですよね。けれど、たいていの男性はそんな能力はないので、試行錯誤して、わずかな時間に自分をアピールするわけです。
男性陣の中で、対して論理も通っていない、口も達者ではない、けれど何だか良い人だとすぐにわかる人がいます。彼らはみんな「想い」を持っていまいした。「あなたは美しい」と彼らは口にするだけです。けれど、本心で語ると、それ以上の言葉は必要なくなるんですよね。多くの偉い社会人というのはこの「想い」によって、与えられたわずかな時間に最大の意思表示をしているのだと気がつきました。まとめてしまうと、「想いがあれば、言葉はいらない」んです。技術をつける前に、まずは自分の気持ちに素直になる、意志を持つことを初めてみようと決めました。

今日も読んでくれてありがとう。僕に大きく足りないのは「想い」なんだよな。難しいんだよね。君は、本気で「社会を変えたい」と想うことってできる?難しいよねえ。

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