「進むんだよ、次のステップへ」
私は黙ってうなずいた。頭がぐらぐらして今にもことんと落っこちてしまいそうだ。
ルームメイトが言う。同じ日に、別の人からも同じことを言われてる。こんな偶然ってあるんだな。
家の前にコンビニがあることを今日ほど便利だと思ったことはない。こんなに気軽にハイボールを買いにいける。ルームメイトと乾杯した。
最後に飲んだのも家でだった。その時のことを覚えている。白いはんぺんを白いお皿の上に並べて、レモンのチューハイをちびちび飲んだ。何かいいことでもあったの?
別になかったけど、その日もやっぱり金曜日だった。ちょうど、2か月たつんじゃないかな。
2か月前と違い、今日は話し相手がいる。
「そういえば、荷物が届いていたよ」とルームメイトが教えてくれた。しっかりテープでとめられたダンボールの中身はたぶんお米。リビングの床に転がしたままだ。それを明日、私は開けると思う。
今日はもう眠くて、眠くて…。
眠くてたまらないのに、食器を洗い、メイクを落とし、顔を洗い、歯をみがいた。半分残ったみかんにラップをした。明日食べよう。お風呂も明日でいいや。その後で文章を書き始めた。そんなことしてないでさっさと寝てしまえばいいのに。
私の手は新聞紙を折り、箱を作る。今朝ゴミを出したからゴミ箱に袋がセットされていないままだった。酔っているせいか折り目が上手くつかない。でも箱は出来上がった。きちんとセットされた新聞紙を見つめていたら、ようやく一日が終わったような気がした。
いつかこの先、次のステップへと進むことができたとしても、今日のことは消えて無くなるわけではないんだ。明日は今日の続きとしてあるだろうし、明日の私は今日の私とつながっている。
いつかこの先、今日の自分のことを愚かだったと振り返る日が来ても、今はそうしなければ気がすまない気分だ。伝えたいことは伝えたし、聞きたいことは聞いた。思い残すことがないなんて言ったら嘘になる。こんなにも残念なことが実際に起こるものなんだなあ…。
「先のことなんて考えられない」
と、同じことをまたふたりとも言っている。「先のことなんか誰にもわからへん」
全然違う声で。全然違う話し方で。正反対なくらい違うふたり。両極端なふたり。会ったことのない、おそらく永久に出会うことのないふたりの言葉が私の中だけで交錯する。
どちらを信じていいのかわからない。おそらくどちらも真実だし、間違ってもいるのだろう。
先のことなんて考えられなくても、歩き続けることはできそうだ。
不思議と心穏やかに一日は終わる。顔を洗ったり、歯を磨いたり、ゴミ箱に新聞紙をセットしたり、そういうどうでもいいことも少しは役に立つんだと思う。