「とても落ち着いていたね」
実習中、先生方から頂いたコメントに、私は面食らってしまった。落ち着いていただなんて、全然そんなことない。
頭はいっぱいいっぱい。授業を進めるために、注意力の全てを総動員する。
実際は、色々やらかしてた。
黒板消しやフラッシュカードを落としたり、板書を間違えて書いてしまったり。スーツのせいでただでさえ暑いのに、何かミスするたびに冷や汗が出てくる。
「先生、この綴り間違えてます」生徒に指摘される始末。
先生。
そうだ私は先生なんだ。しっかりせねば。
まずは落ち着こう…。
それでも、
「落ち着いていた」という印象を与えるのは、たぶん、話し方がゆっくりなせいかもしれない。
緊張した時に私はゆっくり話す癖がある。日頃から話すのは遅いほうだけど、緊張した時は特に。
ゆっくりしゃべると、その分余裕が生まれる気がするんだ。
自分の声が聞こえる。大丈夫、ちゃんと話せているよ。ほんの少し安心する。
声のリズムは時間の流れをせきとめる。言葉を発している間に、状況をつかみ直す。床に落ちた黒板消し、生徒の一人一人、部屋の暑さ、フラッシュカード…。
「落ち着いて見える」話し方は、本音を言うと時間稼ぎのためなんだ。
最後の授業の後、声をかけられた。
「最初と比べて、リラックスできていたのを感じました」
そのとき、私は気がついた。見せかけの余裕が、本当の余裕に変わっていたということに。