ドラマに主演したときの話

「女優になりたい」なんて夢、女の子は誰もが一度は憧れるんじゃないかな

わたしもそのひとりだった。

 

ある日、朝刊を読んでいた父が言った。

「女優になりたいならこれ申し込む?」

谷亮子もびっくりのおさげ頭にちょんまげを「この髪型史上最高にかわいい」と毎日鏡を眺めてにんまりしていた中学1年生のわたしは、たいそう調子に乗っていた。

ぜったいあたしなら受かるだろ、なんて思って自信満々にエントリーシートを書いた。写真も気取ってポージングなんてしちゃって。脚をクロスさせて右手を胸元においたりね。

それは『中学生日記〜転校生シリーズ〜』主役の全国オーディションだった。『中学生日記』っていうのは名古屋周辺の中学生を起用したNHKの連続ドラマで、その中学生日記が数十年の歴史の中で初めて全国から出演者の募集をするぞ、みたいな内容だった。

そして、びっくり仰天。受かってしまった、850人中の3人に選ばれた。

その事件はわたしの鼻をさらにさらに天に向かって長くするには、十分すぎる出来事だった。

 

中学一年生の夏休み、わたしはユニクロの職場体験を断って「あたし、女優の職場体験してくるから」なんてかっこつけて名古屋のホテルにチェックインをした。

今でも覚えている、NHK名古屋のリハーサル室はなぜかスルメイカのような匂いがした。しかも相手役の岡山天音くんは下駄に甚平、そして金髪だった。

「おいおい中学生役が金髪でどうする」なんて無精髭のディレクターに言われてヘアマニキュアを早急に塗られていた天音くんは、すごく香水くさかった。ムスク系かな。オトナだなあって思っていたけど、彼も中学三年生なんだ。あまりにも大人びている、すぎている。

そして忘れもしない。わたしはリハーサル期間に、人生で初めてよしもとばななを読んだ。『TSUGUMI』だった。すごく泣いた。だってつぐみちゃんがあんなに泣かせてくるなんて、誰も言ってなかった。天国のおじいちゃん元気かな。

 

やっと二週間に及ぶリハーサルがおわって、さっそく撮影がはじまった。久屋大通公園とか、名古屋市の公民館とか、いろんなところをロケバスで慌ただしく巡った。着替えももちろん黒貼りのロケバスの中で。

深く切りすぎた爪を気にして、親指に絆創膏をつけたまま撮影した。ノートをめくるシーンも絆創膏をつけたまま。「え、とらないの?」ってディレクターに言われたけどわたしの意思は強かったようで、絶対に剝がさなかった。

ヘアアイロンっていうものを生まれて初めて見た。ヘアメイクさんが10分にいちどはわたしのところに来て、充電式ヘアアイロンで毛先を直していた。わたしがこんなにくせ毛なんて知らなかった。

天音くんは黒髪で、メガネをしていた。「そのメガネださいね」ってノートに書いてみせると、「ちがうよ、これダテなんだ」って書いてきた。わたしはこういうやりとりを天音くんとしたくて、おろしたてのノートをいつも抱えていた。「ディレクターが”お前、おっさんにしか見えないからこれつけてろ”っていうから」って、長い爪を見せつけるように書いてくれた。

 

名古屋での日々は、すべてが毎日があたらしかった。

毎朝起きるのが楽しかった。ディレクターは明日はなんの手話を予習してくのかなとか、天音くんはどんな服をきてくるのかなとか、ヘアメイクさんはどんな髪型にしてくれるのかなとか。そんなことを考えて眠りにつくから。

 

そんな日々も終盤を迎え、打ち上げをした。

酔っ払ったカメラマンが「ななこは大女優になるぞ、間違いない。ぼくが撮ってあげるからね」ってわたしの肩を組んできた。天音くんは「おれは漫画家を目指し直すよ」なんて言って隅っこでウーロン茶をすすっていた。ディレクターは「ガールフレンドがおれの携帯にプリクラをはったんだよ、浮気防止だってさ」って笑いを誘っていた。脚本家は「あなたのシナリオがかけてよかった」って握手をして早急に帰って行った。

完成したドラマは、ベタベタなものだった。

 

漫画家を目指すも、挫折をしてばかりの転校生岡山天音くんが初日早々、遅刻をして走っていたら謎の少女とぶつかってころげる。その少女は片目が青くて、うっかりみとれてしまった。

そして、少年は帰宅をして漫画のアイデアノートを落としたことに気づく。謎の少女は漫画を拾い、家で気持ち悪い笑みを浮かべて盗み読む。

次の日、ゴミをポイ捨てする系美女中学生二人組に好意を持たれ、タジタジな岡山天音くんを見つける謎の美少女。無事、割り込んでノートの返却成功。そこで、耳が聞こえないことが発覚する。

岡山天音「あ、ごめんなさい」

何も悪くないのにうっかり謝ってしまう岡山天音!少女はなぜか激怒し、ぷんすかして消えてしてしまう。帰宅後も岡山天音くんは謎の美少女のことが頭から離れない。こまった!これは、恋か!

岡山天音くんは謎の少女を漫画にすることにした。おおお、筆がすすむ、すすむぞ!しかし、少女に会いたくて仕方ない。じれったいぞ。そこで、彼女に会いに彼女の学校に忍び込む。やっと見つけたぞ、少女!岡山天音くんは密かに描いていた謎の少女の似顔絵をいそいそ渡す。

少女「え、これわたし?・・・うれしい!」(夕日をバックに)

こうして、二人は仲直りします。少女の名前も判明します。ななこです。どうも。彼女は女優を目指しているそうです。どうやら、舞台の本番も近いようです。

岡山天音くんとななこちゃんは何回かデートを繰り返して、そしてクライマックスを迎えます。

ななこの出演する舞台の公演当日。緊張するわたしの元に颯爽と岡山天音くん登場。完結した漫画を見せ、「あなたと出会えて嬉しかった。ありがとう」という手話をする。なんてイケメンなんだ。わたしはにっこり微笑み、舞台へ向かう。手をつなぎながら。

〜完〜

 

どう?甘酸っぱいでしょう。

この脚本は、女優になりたかったわたしと漫画家になりたかった天音くんの話がベースになっていて、例えば耳が聞こえないことを伝えると「ごめんなさい」って謎の謝罪をしてくるのが悲しいっていうエピソードも盛り込んでくれたりして、けっこう気に入っている。

 

こんな刺激的な出来事のあと、わたしは女優にならなかった。

というのも、劇団での活動はつづけていたけれど「単に注目を浴びたかっただけ」だった自分に嫌気がさしてやめた。

そして、なぜか岡山天音くんは漫画家になるのをやめて俳優になった。

月9とか映画の主役もやっているので、顔をみれば「あ、知ってる」って人もおおいんじゃないですかね。すごいよねえ。いちどだけ、高校生の時に一緒に美術館に行ったんだけれど、完全に俳優の顔をしていた。あのやさぐれた小僧はどこにいった、ってぐらいに目がギランギランしていた。

あのディレクターは、大河ドラマ『平清盛』のディレクターをしたあと、このまえ『半分、青い。』のディレクターをやっていた。このまえ東京のNHKスタジオに遊びに行ったとき、彼と10年ぶりに会った。あのプリクラのガールフレンドはしっかり妻になっていて、薬指を光らせながらも自宅に帰れず走り回っているらしい。『半分、青い。』は片耳難聴の子が主役なので、「これはもしかしたらわたしのこと思い浮かべました?」なんて聞いてみたら彼は豪快に笑った。

「そんなことはないけど、ななこが言っていた『耳が聞こえない人が普通にドラマに出てくるような世界にしたい』っていう言葉は忘れてないよ」って言っていた。イケメンかよ。

 

ああ、なんだかひとりだけ取り残されている感じがするなあ。

スルメくさいあのスタジオで一緒に同じ台本を読んで、セリフを交わしたあの日々は戻ってこないんだなあ。

今日、インスタのストーリーを見ていたら広告に岡山天音くんがいたので、ちょっと悔しくてかいてみた。負けないぞ

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