リストとスガダイロー。

こんばんは、よしだじゅんやです。

今日は地元のホールでオペラを鑑賞してきました。結果からいうと、ソプラノ歌手は普通だったけれど、ピアノがとても良くて、得るものが多かったです。

僕は開始10分ぐらいで帰ろうかと思いました。寺山修司作詞の「悲しくなったときは」を演奏し始めたのですね。「悲しくなったときは、海を眺めるのだ」そうで、僕は一瞬でうつ病になって死ぬかと思いました。その場で帰ろうかと思ったのですが、他のお客さんの迷惑になるなと考えて、一部が終わるまでは観ることを決めました。

ここで、ピアノソロがありました。リストの「ラ・カンパネッラ」でした。

どうっすか。動画で見ると、「リストってこうやってマスターベーションするんだあ」みたいな感想しか出てきませんが、静まり返ったホールの中でこれを完ぺきに演奏されたら正直ぐうの音も出なくなりました。お前の右手どうなってんだよ。みたいなところからはじまって、キメの細かな高音域の波に心を奪われてしまったのですね。余韻に浸っていると。また太ったソプラノ歌手が出てきて歌い始めました。同じくリストの「おお、愛しうる限り幸せ(愛の夢)」でした。

ピアノソロを挟んでからのオペラはなぜか素晴らしくて聞き入ってしまいまいました。

僕がこのオペラをみて気づいたことは、必ずしも音楽の良し悪しで音楽を評価しているわけじゃないんだなということです。まあ、好きな音楽を想像してもらえればわかると思う。人が音楽を聞く理由は様々だ。僕にとって「ラ・カンパネラ」はどこまでいってもリストの影が残るものだ。おそらく多くのクラシック鑑賞者やクラシック奏者達が共有している感覚がある。それは「先人たちの技術を継承する尊さ」だと思う。僕たちははなから演奏家の演奏を期待していないのではないかな(語弊があるけど)。リストの音楽が現世に継承され、ホールでちゃんと聞くことができることに対して僕たちは感動しているように思える。そして、演奏者はそのような尊さのもと、日々リストの片頭痛みたいな曲を練習しているんじゃないかな。ある者はチャオを引き裂かれて泣きながらね。改めて今日感じたのはそこだった。

よく考えていくと、「伝承される尊さ」を強く感じて好感を持っているアーティストが何人か思い当たった。ピアニストのスガダイローや、ZAZENBOYSの吉田一郎のような人たちだ。

誤解を生みそうだけれど、動画の通り即興が強いジャズピアニストだ。僕が初めて彼の演奏を聞いたのは例のジャズバーで、当日はスガダイローを目当てに店は満席状態だった。ピアノとサックスのデュオだった。どちらもメインテーマからすぐに外れて、同時にソロを演奏し続けているのだけれど、手品みたいに元のテーマに戻ってきて素晴らしい着地を繰り返すのだ。あまりにスリリングな演奏に僕はろくに接客をせずに壁にもたれかかってにらみつけるように彼の演奏を聞いていた。

当日はバーのマスターの河合さんが演奏を聞きに来ていた。70代のおじいちゃんで足腰をおぼつかない部分はあるが、たまにふらっと店に現れては、カウンターに座り黒霧島の水割りを黙って飲んで帰っていく。僕からするとただのおじいちゃんなんだけれど、ジャズ界隈では有名らしくその名前を聞かない人はいない。らしい。
演奏が終わり、僕が満足気な顔をしていると、河合さんがカウンターから「おい、純也」と声をかけた。なんですかと耳を傾けると、いつもより熱くジャズについて語り始めた。「あいつは、よく勉強してるよ。世の中のリスナーは、独創的と評価するかもしれない。けれど彼の演奏の殆どが先人たちが必死の思いで培ってきた技術の積み重ねだ。彼ほど努力している演奏家はいない」と語って、店を後にした。

僕にはジャズの偉人たちの知識はないし、聞いたことすらないものがたくさんある。けれど、ジャズの古い愛好家や演奏家がスガダイローを認めるのは、どこか過去の技術を継承していく尊さを感じているからなのじゃないかな。彼らにとってはなんだけど。

今日も読んでくれてありがとう。最近ジャズの話をよくするように、また興味がわいてきています。ジャズかっこいいんだよ。クラシックもちょくちょく聞いていきたいね。

“リストとスガダイロー。” への1件の返信

  1. ジャズってあんまり聴いてこなかったので、おすすめとかあったら是非色々書いてほしいです…この前のI’m old fashionedも素敵だった

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