読書日和

2年後に、
70歳以上は安楽死をしなければならない
という法律が施行される。
国がお金をかけたくないから。

「えっ本当??」
びっくりこいた私を見やると、父はキーボードを打って言葉を続けた。
「フィクション」

なんだ。びっくりした。一瞬でも間に受けてしまった私の正気を疑ってほしい。
もし本当にそんな法案が通ったら、うちのばーちゃんとじーちゃんももうあと2年しか生きられないじゃないか。

読んでいる本の話。

日曜日の夕方、父と私はうちの和室でそれぞれ読書をして過ごした。我が家ではかなり珍しい光景だったと言ってもいい。父は大抵休日をボランティアに費やしてほとんど家にいないし、家にいたとしてもパソコンに向かって仕事をしている。
今日は仕事が早く片付いたのか、買ったばかりの本を読みはじめた。夕食の時に尋ねたら、『七〇歳死亡法案』だと教えてくれた。

夜ごはんは手巻き寿司だった。ごはんを広げた海苔の上に卵ときゅうりを乗せながら私は聞く。
「お父さんは何歳まで生きたいと思う?」
「最低でも100歳。120歳まで生きたい」
「120歳まで何をするの?」
「楽をしたいな。好きなことをやって生きたい。今も好きなことやって生きているけど」

家族と会話をする時、父はパソコンに文字を打つ。私と母が聞こえないから。
私は母に向かって手話で、父に向かって声で話す。
パソコンを打つ間父は箸を止めなければならない。手話を覚えたら良いのにと思う。

「仕事人間は退職してからやることがなくて困る」
と言って父は、今のうちからボランティアやカウンセリングの勉強をしている。老後を楽しむための準備なんだって。
それにしてもだ。
勤勉すぎる。

私は疑いの眼差しを父に向ける。
「仕事以外のことが仕事みたいになってない?やらないといけないことになってしまっていない?」
「ぼーっとして過ごすのはいやだ」

なんという世の中だろう。
1日8時間仕事に拘束されて、やりたいことをやる時間がないなんて。もっと自分のやりたいことをしながら生きられる社会であれば良いのになぁ。
老後のために、若い時我慢して一生懸命働かないといけないの?いつ何時明日にも、事故で死ぬかもしれないのに。

老後の奴隷にはなりたくないなぁ。
年金、病気、介護。長く生きれば生きるほどあらゆることを心配しなければならない。そのために今からしっかり準備しなさいって?
私は長生きしたくない。もしも70歳まで生きてしまったら安楽死したい。

父は言う。
「生きていれば苦しいことも楽しいこともある。行けるところまで生きる。それが俺の考え」
そうだねぇ。
どのみち自分の寿命なんて知り得ない。

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