今日の夢に、ゼミの先生が出てきた気がする。
その後でこんなメールをもらった。
「自分の夢を実現するための大事な一歩なので、どうか頑張って下さい。」
言葉はちょっぴり堅いのだけれど、でもその裏に優しさが込められているのを感じる。
読んでいるうちに温かな気持ちになった。
夢でまた卒論でも書いてたのかなぁ。
ゼミでは1年目の半年間、新聞の社説の要約を書かされた。卒論できちんとした文章を書けるように、そして文献を的確に読み取ることができるように、そのための訓練として。一人一人の要約を先生は添削してくれた。
私の要約はことごとく、容赦なく赤ペンを入れてつっ返された。文章には自信があっただけに、ダメ出しされることはけっこうこたえた。
「辛かったでしょう」
結局、最後まで「合格」をもらうことはできなかったけど、ゼミの先生はそんな私を辛抱強く見守ってくれていた。
卒論でもロシア語でも、ちくちく細かいところを突っつかれたっけ。
今では不思議と嫌な気持ちはない。よく見てくださっているのに感動した。同時に自分の手抜かりを反省した。
私が言葉の細部にまで思いを巡らせるようになったのは、ゼミの先生のおかげだ。
でもまだまだ、先生には足元にも及ばないとわかっている。ロシア語も、日本語も、先生の読みの深さには遠く及ばない。
1を聞いて10を知る。
ゼミでは、ロシアのニュースを見て先生が解説してくれた。ニュースに取り上げられる出来事の裏では、国際情勢がつながっている。
世界ってこういうものなのか。あちこちの情報がつなぎ合わされて物事の全体像が見えてくるのが、私には驚きだった。
時々、先生がロシア語の本を読んでいるのを見かけた。どんな風に読めているのだろう。
その世界を少しでも知りたくて、私は今日も活字に目を凝らす。文字の間に、行間に、隠された秘密を読み取ろうとする。