すもも太郎

ケーキを作ろうと思い立った。すももをもらったんだけど、生で食べたら梅干し並みに酸っぱくて、そのままではとても食べられなかったから。

留学中、大学の先生が教えてくれたスペイン風バナナケーキのレシピをアレンジした。
12個の赤いすももは皮をむき、タネを取る。半分は細かく切って生地に混ぜ、もう半分は型に生地を流し込んだ上に並べた。オーブンで1時間。空気を入れ替えて余熱で30分。
キッチンに甘い香りが立ち込める。ベーキングパウダーを使わないのにもっこり膨らむのは、あわ立てた卵白のおかげだ。

焼きあがったすももケーキと共にオーブンから現れ出たのは、小さな黒の着物にちょんまげをしている小人。腰には爪楊枝サイズの脇差を差している。
「わたしの名は、すもも太郎」
「もしかして、桃太郎という名前のお兄さんがいたりする?」
「いかにも」
「えっ、ちょっと信じられないな。きみも鬼ヶ島に鬼退治に行くの?」
一寸法師みたいなすもも太郎は首を縦に振った。
はっと時計を見ると、もうそろそろ彼氏が駅に到着する頃だった。
「あのね、今からお客さんが来るの。どっかに隠れててくれるかな」
私はケーキを取り出すと、空になったオーブンにすもも太郎を押し込んだ。

「ごめん、酸っぱいの苦手なんだ」
彼は結局、すももケーキを一口しか食べられなかった。
ケーキにしたらそんなに酸っぱくないと思ったんだけど。私にとってはちょうどいい甘酸っぱさ。しっとりした生地から、すももの香りが広がる。
「ねえ、この前もそうだったけどさ、誕生日プレゼントの時」
私はギクリとする。
「おれのこと本当に考えてくれてるの?」
2度も、同じことを繰り返してしまった気がする。
誕生日プレゼントのホルンの形をしたガラスのsound-expanderも失敗だった。スマホを入れると音を拡大して聞ける。おもしろいと思ったんだけど。
わかっていたはずだ。sound-expanderではなくて、欲しいものは別にあった。一緒にお店を見に行ったじゃないか。
それに、スマホから音楽を聴くためのイヤホンだったらもう持っていた。音を大きくするよりも、いい音を聞ける機械の方が欲しいのではないかって、これまでの会話から考えたらわかりそうなものなのに。

「落ち込んでいるようだな」
お客さんが帰った後、すもも太郎がオーブンから出てきた。
「私、わかっていたはずなのにな。酸っぱいの苦手だっていうことも」
オーブンから降りられないでいるすもも太郎を、私はテーブルに乗せてあげた。よく見たら小さなわらじを履いてる。
「すももケーキをあげたら喜ぶと思ったのか?」
「うん。すももがこんなに酸っぱいとは思わなかった」
うそ言え。これじゃ八つ当たりじゃないか。
「すももが悪いわけじゃないの。私が間違ってました。ごめんなさい」
急に謝られて困った顔をする、すもも太郎。
「相手のことをきちんと理解しようとしていませんでした」
なぜ私は、相手の気持ちを考えてプレゼントを選べないのだろう。ちょっと考えたらわかったはずなのに。
「おいしいじゃないか、のう?」
はっと見ると、すもも太郎はお皿に残ったケーキを勝手に食べ始めている。
「甘酸っぱくて、しっとりしてて」
そうか。
私は、自分がいいと思うものをあげたかった。無難なものを選ぶことだってできた。でもそれじゃ意味がない気がした。自分にとって、「おもしろい」「おいしい」と感じるものを、相手にも同じようにわかって欲しかったんだな。
「すもも太郎…」
「なにか?」小さな侍は腰に差していた刀でケーキをざくざく切り分けていく。こんなワイルドにケーキを食べる人は初めて見たかもしれない。
「お茶いる?」
「ありがとう。だが、あまりゆっくりしている暇はない。これから鬼退治に行くのだ」
「そうなんだ。ケーキ、好きなだけ持って行くといいよ」
オーブンに閉じ込めたりなんかして悪かったなぁ。

*この作品はフィクションです。
*写真のケーキはあんずケーキです。

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