はじめて、コピーライティングしました。

 

僕は大学3年の夏に電通の長期インターンに参加した。特に広告業界を志望する気はなかったけれど、周りがインターンに参加していたので仕方なく聞き覚えのある会社にESを送った結果、すんなりとパスしたのである。

インターンは電通の社員が講師となり、生徒たちに講義をし、残った時間は課題制作の時間にあてられた。講師が生徒の課題を評価し、上位3名には金、銀、銅の色鉛筆を手渡す(話をきくとこれは電通のインターンの伝統らしい。なんだそれ)実力のあ者のみが評価される超シビアなインターンだった。僕は、広告業界にさっぱり興味がなかったので、講師を見てもピンとこなかったし、講義が終わるごとに、講師への質問という体で、生徒が名詞を渡すために長蛇の列をなすのを冷やかな目で見ていた。

ある日の講師がコピーライターの阿部広太郎さんだった。だれ?って人がいると思うのでとっても簡単に説明すると、はちゃめちゃにすごいコピーライターである。東進ハイスクール林修の「いつやるか、今でしょ!」を世に送り出したのはこの人だし、僕の大好きなバンド、クリープハイプのすべてのプロモーションを行っているのもこの人である。まあ、当時はそんなことはさっぱり知らなかったから、またうさん臭い兄ちゃんが来たなくらいにしか思わなかった。今あったら一瞬で土下座するだろうな。

阿部広太郎さんが僕たちにコピーライターの心構えについて講義を行った。そしてその後の課題制作の時間にこのような課題を出した。

「夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳しました。現代に生きるあなたは「I love you」をなんと訳しますか」

阿部さんは課題を取り組む際に、「具体を抽象化」しろと口をすっぱくして発言していた。つまり愛を感じた瞬間の具体例から、不偏的な愛を抽出することができれば、どんな人にも共通の愛を語ることができるだろう。という思考方法である。不特定多数の人々に一意の価値を届けるのがコピーの役割だ。どこまでも計算をしつくして文字を扱わなくてはいけないと彼は僕に伝えようとしていた。

まあ、そんなことを言われても難しいのだよな。だって僕、コピーライターじゃねーし。けれど、当時から文字に対する敬意のようなものをもっていたので、真剣に頭をひねって考えた。けれど、一向にアイデアは降ってこない、手繰り寄せるための糸もない。僕はA4の紙にただただ愛情についてのポエムを書き散らしていた。

さて、課題の締め切りまであと10分というところで、ずっと黙っていた阿部さんが思い出したかのようにこう話し始めたのだ。僕は彼が言った言葉を今でもよく反芻している。

「今日はずっと不特定多数の人間にむけてコピーを書く技術を君たちに教えてきました。けれど、不思議なことに、「たった一人のためにむけて書くコピー」がなによりも誰かに届くことがあるんだ」

そういって阿部さんはまた黙り込んでしまった。僕はその言葉を聞いてまっさきに思い浮かべたのは、当時付き合っていた彼女の姿だった。

彼女はベットに横たわって、僕にブーブー愚痴を言っている。
「ねえ、絶対だからね」
「うん、約束するよ。な?」
と言って僕は彼女をなだめている。

彼女に届くといいなあ。ほんとうに。と願っていた。次の瞬間に、僕はさっとコピーを書くことができた。ほんの少し推敲をして、すぐに仕上げた。

「夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳しました。現代に生きるあなたは「I love you」をなんと訳しますか」

「明日は、ケーキを食べにいこう。」

と僕は本番用の用紙に迷うことなくペンで書いた。自画自賛になるが、これはいいぞと震えた。もちろんまったく新しいコピーを練り上げることは可能だが、少なからず、この方向性の言葉として、もうなにも手を加える必要がないな。と感じた。

その日は、講師が独断で順位を決める方式ではなかった。阿部さんは生徒に三枚づつ付箋を配って、それぞれ好きなコピーに付箋を貼るように言った。付箋の数が多い上位三名に鉛筆を渡すと言った。

金の鉛筆をもらったのは、
「俺のバイブレーションが鳴りやまねーぜ!」
と書いた曽我君だった。

女子たちが「ねえ、曽我これ下ネタじゃん笑 ちゃんとコピー書きなさいよ」と騒ぎ立て、曽我君は「ちげーよ、それはスマホのバイブだって笑」とかなんとか部屋の隅々まで聞こえる声で話し始めたのをきっかけに、会場はあちこちで大喜利大会のような雰囲気になり、仲間内で付箋を貼りだしたのだ。会話の中心となった曽我君の作品はみんなの付箋をかっさらっていった。そして圧倒的な差をつけて優勝したのである。

僕はインターン生の中では珍しくまったく欲のない人間だったので、早々に集団から浮き立って、孤立していた。当然、付箋も数枚しか集まらなかった。

阿部さんは一通り投票が終わった後、すべての作品と生徒たちを一か所に集めて、上位3名の作品の講評と鉛筆の授与を行った。阿部さんは曽我君の作品をさっとみて笑うと「まったく、これじゃあ大喜利大会じゃんか」と言って金の鉛筆を渡した。その後、やけに小ぎれいなコピーが銀と銅の鉛筆をもらっていった。そうか、みんな、はなから真剣にコピーなんて書いていなかったのだな。と気づいて心底落ち込んだ。ほんとやってらんねーな。かえって寝るかと思った。

なんでだったんだろう。阿部さんは「今日は、ケーキを食べにいこう。」と書かれた用紙を示して、「これを書いた人は誰?」と生徒の全員に問いかけたのだ。誰のものでもない、僕のコピーである。

僕は本当に消え入りそうな声で「僕です」と言った。
阿部さんは「どうやってこのコピーを書いたの」と僕に訊いた。
僕はからからにのどが渇いて、まともに答えることができなかった。なんて言ったのかさっぱり覚えていない。
阿部さんは、僕の答えに対して良いとも悪いとも言わなかった。ただ「そうか」と言って僕のコピーを見直しただけだった。
けれど、阿部さんは、僕に一本の鉛筆をくれた。なんの変哲のない三菱の2Bの鉛筆である。四分の一くらい使われた鉛筆の先は、ずいぶん丸くなっていた。

今日も読んでくれてありがとう。一つみんなに質問です。今日は誰にむけてダーリンを書きましたか?自分のため?オッケー。

誰かのために書く文章も、悪くないぜ。とよしだじゅんやは申しています。

“はじめて、コピーライティングしました。” への9件の返信

  1. その鉛筆、宝物ですね…。心を託されたみたい。

    i love you を誰かのために訳せる人にもなりたいけど、
    誰かがこっそり訳してくれた i love you に、ちゃんと気付ける人にもなりたい今日この頃です。

  2. 素敵すぎますわ。直球フレーズも良きけど、色々考えさせられるフレーズの方が好きですね。「今日は、ケーキを食べに行こう」このフレーズによしださんの人柄や隠されたストーリー全てが詰まってる感。
    ちなみに、「今日は」のあとに句読点を付けた理由ありますか?

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