窓の外に皇帝ダリアが見える。ちょうど向かいにある車庫の屋根と同じくらいの高さだ。10月の日差しを受けて、緑色をした幹はまっすぐ空へ向かって伸びている。
もう少し寒くなると、「皇帝」の名にふさわしい気品を兼ね備えた、堂々たる、薄紫の花をつけるはずだ。
畳の上で、私は足にぐっと力を入れて踏ん張っている。帯が締め付けるが、できるだけ背筋を伸ばして立った。両脇の派手な紫の袖が、尾長鶏の尾のように無意味な長さを持て余されている。
私の前後では、怖いくらいに真剣な面持ちをした2人の着付け師が手早く振袖を着付けていく。
視線を庭の皇帝ダリアに据え、私はマネキンのふりをしている。
小説を考えるマネキン。
というのは、その日は朝から、私の頭は小説モードだったからだ。黙って突っ立っている間中、書きかけの小説続きが頭の中にもこもこ湧き出てくるのだった。もしこの振袖の着付けの練習台という役割がなければ、ノートパソコンを開き、キーボードに両手を置いていただろう。
帯の上に最後の帯締めをとめると着付けが完成する。
私は拘束を解かれることを許された。帯締め、帯揚げ、帯、その他細々とした紐、と着付けていった順番と反対に1つずつ外すごとに、腹への圧迫と肩に乗る重みが軽くなる。ようやく息がつけるようになる。
もう既に成人式を終えた身であることを心から感謝した。早朝からずっと式が終わるまで、ぎゅうぎゅうお腹を絞られていなければならないなんてごめんだ。
しかし苦行はそれで終わりとはならなかった。着付け師は前方と後ろ方を交代し、再びいちから着付けが始まる。
ベテランの着付け師がもう1人に、シワなく着物を着せるコツや帯の締める時の力加減などを伝授している。
窓の外を猫の影が通り過ぎ、ちょうちょの影が通り過ぎた。
時計の針がぐるりと一周半回った。
それらの気配を感じながらも、私の頭の別の部分ではもこもこと形にならない思考が生まれ続けている。消えてしまう前に、一刻も早く文章になりたがっている。