小鳥の舌打ち

ピッ。
体温計の音が今日はやけに良く聞こえる。
38.1。
布団にもぐって目を閉じた。
そして、インターホンが鳴るのを待った。

今日はAmazonの荷物が届く予定だ。何時ごろに来るかはわからない。
いつでもかまわないさ。どのみち今日は一日家で寝ていることしかできない。補聴器はつけて、ドアを開けたままにしておく。

一人きりで寝ている部屋は完全に静かではない。たくさんのざわめきで満たされている。

風の音。ざわざわ。今日は風が強い。
扉が揺れる。カタカタ。
カンカン打ち付ける音。硬いものがぶつかり合う音。隣の家は日曜日も改装工事を進めているようだ。
窓の外から人の声が入ってくる。若者の話し声。犬の鳴き声のように聞こえる、甲高い子どもの叫び声。
乾いたアスファルトを鳴らす、足音。
車の音は途切れることがない。道路までは距離があるはずなのに、風が音を運んでくるのかよく聞こえる。
また、救急車だ。今日いったい何度通り過ぎただろう。

「チッ」
さっきから一定の間隔を置いて、何か鳴っている。
なんの音だろう?前にも同じ音をどこかで聞いたことがあるような気がする。
私は「小鳥の鳴き声に似ている」と言い、父は「舌打ちの音」と表現した。実家のリビングで、そんな会話をしたのを覚えている。
結局その音の正体は、ファンヒーターの立てる音ということで落ち着いたのではなかっただろうか。
今この家にファンヒーターはない。謎だ。
ひょっとしたら水道から水滴がこぼれている音なのではないか。確かめに行こうにも、体が動かないので、小鳥の舌打ちを私はずっと聞き続けた。それはいつの間にか止まっていた。

耳鳴りは遠くでおとなしくしている。うるさくはない。何も音がない状態よりもむしろ安心できる。
何年も前に発せられた声のこだまが、ぐるぐる渦を巻く。
何のきっかけか、昔の記憶が次々に思い出された。

例えば、神社の森の中で、しゃらしゃらと鳴る葉ずれの音や、小鳥のさえずり。
揺れる木漏れ日を背中に感じながら、私はせっせとかまどづくりをした。

庭で泥団子を作るのに夢中になっていた時、聞こえてくる、ヘリコプターの音。
「宝石のハッシン」という声に合わせて犬が遠吠えをする。

カタンカタン…
遠くで電車が通っていく。開いた窓から風に運ばれて音が届く。

保育園の園庭。子どもたちが思いのままに駆け回っていた。
私も、走っている子どもの1人だった。

夜、街をめぐるバスの低いうなり。
隣に友達が座っている。バレエを見た余韻に浸りながら、どちらも黙っている。

懐かしい気持ち。
物音を聞いていると、自分が風景の一部になったような気がするんだ。

階段を足音が上ってくる。
来るか…。
違った。足音は立ち止まることなく上の階へと登っていった。

ずっと、聞こえている夢を見てたような気がする。
階段を駆け上がっていった誰かは、幻だったのか。
誰もいないから確かめようがない。

ようやく、インターホンが鳴った。

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