夢と現実

眠り薬を飲めばすんなり眠れるということはわかっていた。でも簡単に手に入るものには、価値がないと思うのさ。

渋滞の中2時間運転した。最後15分くらい、隣でカラオケを歌うやつがいてうるさかった。寝ててもいいよと言ったのに、私の運転が心配だから起きていてくれたらしい。
1時間半歩いた。海風が涙を乾かしていく。風の冷たさと体の熱のバランスが絶妙な感じになるまで歩いた。ちょうどいい具合にお腹が空いた。
昼食後、20分自転車を走らせたところで梯子を登った。縁に腰掛けて足をぶらぶらさせながら海を眺めた。霧雨に煙る海面。静かなものだ。「貸切状態だね」

去年の夏、ここに来た時のことを思い出す。暑かった。かき氷が美味しかった。海水浴シーズンで、泳がなくてもどこでも人でいっぱいだった。
あの時は、誰かと一緒にいることがまだちょっと嫌だった。意見や価値観のちょっとした違いとか、自分のペースが崩されるのとか。
今はそれも悪くないなと思ってる。そういう人だと、だんだんわかってきたから。そして私は、この人の子どもみたいなところが好きなんだって。

雨宿りする場所はすぐに見つかった。古民家カフェ。こんな雨の日にも暖かな色の灯りを灯している。
本棚にARIAがある。コーヒーを飲みながら漫画を読んだ。
「教えることと教わることは、実はとっても似ている」
この漫画のセリフを前に教えてくれたよね。覚えているとも。
私にはたくさん読まなきゃいけない漫画があるみたいだ。ARIAに、弱虫ペダルに。HUNTER×HUNTERだってまだ続いていく。

雨は一瞬止んだと思ったら、また降り出した。濡れながら本気になって自転車を競争させた。
これ以上ないくらい、生きている感じがした。
「もし今梯子を外されたらどうする?」と聞かれた時、飛び降りるなんてことは1ミリも考えなかった。
そのまま歩いていって冷たい水に落ちてしまうなんてことも、考えなかった。
そんなことしても意味なんかないのさ。簡単に手に入るものに価値などない。

もう眠り薬でもいいからゆっくり休もうよ。今日はずいぶん疲れただろう。また明日も生きていかなきゃいけないんだから。

いつもと違う夢をみた。

実家の庭で、母と妹が一緒にいる。風の穏やかな晴れた日。いつもは車がとまっているけれど、今日は誰か出かけているのかコンクリート敷きのスペースが空いていた。遊びたくなる。
私はバドミントンのシャトルを妹に向かって投げる。ラケットはないけどキャッチボールならできそう。
妹は松の木の下の石に腰掛けている。めんどくさそう。まっすぐ飛んでいったシャトルは跳ね返されてわきに落ちた。

拾い上げようとかがんだ時、草の中にもう一つシャトルを見つけた。
よく見ると白いナイロンに囲まれて、蝶の羽が入っている。黄色に黒の線。アゲハ蝶の羽は、まだ生きているみたいに綺麗だった。
でもダメだ、このシャトル。頭がとれてる。
ぽいっ。私は壊れたシャトルを垣根の下に放った。

背の高いイヌマキの生垣の上に、昔よくバドミントンのシャトルを引っ掛けたものだ。ラリーは一時中断。白いシャトルをなんとか取り戻そうと、棒を使ったりボールをぶつけたりする。今ではいい思い出。
細長い形の緑の葉っぱが遮る向こうは隣の家の畑になっている。2、3人、子どもの姿が見えた。あれは昔の自分たちだ。妹と従兄弟2人と、何もなくても畑を歩くだけで楽しかった。

目が覚めて真っ先に考えたのは、友達と会う予定。特に予定はなかった。そっか。
なにもただバドミントンをやりたくてこんな夢をみたわけじゃないだろう。
それくらいわかるよ。憧れていた夢が破れ、頼りたいのは家族、願っても子ども時代にはもう戻れない。ちゃんと大人として生きていかなきゃと思ってる。
蝶の羽の鮮やかさが目に眩しかった。儚い。

夢をみても、本を読んでも、ヤギが死んだと知っても、ただただ悲しくなる。仕方ない。今はそういう時期なのだと思おう。悲しいことをひとつひとつきちんと味わう。今悲しんでおけば、これからの喜びはうんと深くなるはずだ。ふふ。
涙の合間にも笑えることはある。自転車で競争したのが楽しかった。回し蹴りが上達して嬉しかった。くだらないギャグ漫画にだって頭が下がるよ。ありがとう。
明日も笑って生きていきたいなと思う。そのうち新しい夢を描けるようになるんじゃないかな。

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