ビジネスマンが娘さんのために書いた本がある。この社会の仕組みと、AIの時代を生き抜いていくために自分の強みを磨くこと。
森岡毅『苦しかったときの話をしようか』
まず資本主義社会の構造について。
人権によって「死なないこと」だけは保証されているけれど、能力がなければ下へ追い落とされる。容赦ない競争の世界。
その競争のスタートラインから、つまり生まれた時から、格差は存在する。知力は遺伝によって決まるからだ。知力が高いことは高所得につながる。勉強ができなければ学歴で不利になる。就活で不利になる。
その一方で、資本家と呼ばれる人たちがサラリーマンとは比較にならないくらい儲けている。
資本主義と社会主義という概念を初めて知ったのは、高校の世界史の授業の時だった。世界史の先生が、これだけは覚えておけとばかりに繰り返し繰り返し言っていた。
「資本主義は自由競争、社会主義はみんな平等」
自由競争の世界では、決してお金から自由になれない。いっそ社会主義の方が自由なのではないかと思えた。
「なぜソ連で社会主義は失敗したのか。人間はサボる生き物だからだ。もし給料がみんな同じだったら、一生懸命働くか?」
「お金のため」という欲がなければ、人は怠ける。本当にそうだろうか。
お互い顔の見える小さなコミュニティだったら、「共同体のために働く」という意識を明確に持つことができたかもしれない。かつてロバート・オーウェンが試みて失敗しているけれど。
「みんな平等」をうたう社会主義に魅力を感じることもある。たぶんそれは資本主義ではないやり方なら、今と何かが変わるのではないかという期待があるせいかもしれない。現状の格差社会よりも、格差のない社会の方がきっと幸せではないか。
今更、目からうろこというわけでもないけど、こうもはっきりと「この世界は残酷だ」と断定されるとショックだなあ。「人間の価値は能力で決まる、能力のない人間には価値がない」という考え方の根底には、資本主義があったのか。
「そしてあなたもそれを心の底から信じているのですか?」と聞きたい。
たぶん私は、たとえ能力のない娘だったとしても、父親なら「価値がない」なんて言ってほしくないのだと思う。キャリアの話をしている時に親子の情なんて持ち出すものではないとわかっているけれど。
最もショックだったのは、「友達なんかいなくてもいい、仕事をする中で仲間を見つけられる」というくだり。友達が少ないことに悩んでいる娘さんを励ますつもりで言っているのだろうけれど、娘さんはさあどう受け止めるものか。
私にはなんだか、自分の利益にならなければ切って捨てても構わないという冷たさが透けてみえる。よもやこの人は利害関係なしに他人と付き合えないのだろうか。私だって友達がいる方ではないけれど、一緒にご飯を食べて笑い合えればそれだけで幸せだと思う。
森岡さんはいう。もしサラリーマンとして資本主義社会を生きていくなら、自分の強みを磨いて磨いて磨きまくって、その道の第一人者になるくらいになりなさい。やりたい仕事を自分で選べるようになるためには、他の誰にも代わりがいないくらいに能力がなければいけない。
私は自分の父親に言われたことを思い出した。新しい職場でExcelの使い方を覚えるのが面白いと話したら、「できればExcelの技術をもっと磨くといいよ」と言われた。たぶん、父の頭の中にも競争のことがあったのかもしれない。能力のない人間は選ばれない。
だからと言ってそこまで仕事一筋にはやれないなあ。
森岡さんくらいにプロフェッショナルになるためには、一体どれほど努力しないといけないのだろう。誰もがそれぞれ強みを持っているけれど、強みを磨けば誰でも社会で役立てられるとは限らない。
アーティストと同じなのではないかと私は考える。才能(=強み)だけでなく、それを仕事に役立てていく才覚も必要になる。自分のセンスを丸ごとそのまま活かせる天職に出会える確率はいかほどのものか。
例えば私は絵を描くことが得意だけど、それを仕事にしたいとは思わない。
描けと言われたら描きたくなくなる。人から優劣をつけられるような絵なんか描きたくないのだ。
好きでやる勉強は楽しいけれど、人から勉強しなさいと言われたなら嫌になってしまう。絵を描くことや勉強がお金を得るための手段になってしまったら、もうおしまいだ。
お金と同じだ。生きていく上でお金は必要で、貧乏かお金持ちかどちらか選べるのならお金持ちの方がが絶対いい。でも、お金があったらあったで腹が立つのだ。こんなコインや紙切れが私の自由を奪っている。
お金なんて。
資本主義なんて。
便利さと自由はどうも反比例しているように思えてならない。
働く原動力のことを、森岡さんは「欲」だという。
なにも金持ちになりたくて、みんなあくせく働いているわけではないだろう。その道のプロになりたいとか、自分の力で会社を動かしてみたいとか、誰にも負けたくない、一番になりたいという願望を持つ人もいる。
持つならば、誰とも競争しない欲を持ちたい。私を仕事に向かわせる原動力はお金でもなければ競争でもない。
欲なんかなさそうな自分にも、それらしきものを見つける瞬間はある。Excelをもっと使えるようになりたい。あの魔法みたいな技をなんとかして身につけたいものだ。効率よく楽して仕事する人が、私の目には魔法使いに見える。
ところで、全く人畜無害な欲なんてありうるのだろうか。「面白い」とか「楽しい」という純粋な感情で人を殺すサイコパスだっているのだから侮れない。
きっと熱血な人なのだろう。娘さんに語りかける文体がくどいくらい一生懸命なのだ。
わかりにくいことは全然なくて、章立てから説明の流れまでむしろ理路整然としているのだけど、なんだろう、もし私が父親から手渡された本だとしたら、そこまで言わなくてもわかるよ!って言いたくなる笑
I believe that Mr. Morioka is the last person to tell his daughter, “You mean nothing.”