器をつくる

器の小さな人間です。多分おちょこ程度の大きさしかないんじゃないかな。よってあなたのことはおろか、基本的にはわたくしのことも収まりきらぬ。即座に溢れて入れ替わり立ち代わり、全部が混ざって濁流になっております。まったくもって未熟な、困った人間です。

だから時々、大きな器をつくります。

土を捏ねて、それを手で成形したり、あるいは不器用にろくろで回したりして、できるだけ底のどっかりと安定した、丸みのある大きな器をつくってみます。土は焼くと少し縮むので、そこそこ大きいものを作りたければ、そのイメージよりも更に大きく成形しておかなくてはいけません。結構な量の土を使うと捏ねるのも大変で、作業中はこんな冬でもだんだん汗が出てきます。

通っている陶芸室には、平日の昼間でもたまに見知らぬおじさん達がいることがあって、そういう時は結構な確率で「うわ、女の子なのに大胆だね」とか「大きいの作るね、肉じゃがでも入れるの?料理得意そうだよね。」とか、そういう風に声をかけられます。今日もそうでした。まぁでも、ただコミュニケーションを図ろうとしてくれている人に対して、「うんもう女の子はやめようかなと思ってます、飽きてきたし。」とか、「いやちっとも大胆になれないから、大胆なものを作ってるんですむにゃむにゃ」とか、「あと料理は苦手やし嫌いです。肉じゃがは作れば必ず底を焦がします。臭いです。」とか、そんなことを言う必要はないかなと思っています。言ってしまった時にはちょっとトゲのある言い方をしてるだろうし、となるといよいよ、おい、お前は何のために大きい器を作っているのだ、さっそく溢れとるではないか、という話になってくる。だから「はは、そうですかね、ちょっと大きく作りすぎました。」とだけ言っておきます。

本当は来るたび来るたび、同じような大きさ形の器ばかりをつくっているのです。できるだけ底のどっかりと安定した、丸みのある大きな器。別に何か入れたいわけじゃない。ただ漠然とした自分の中の憧れに、つくりながら形を与えて近づいていきたいだけ。でももしもそれがうまくいったら、その時は焦げた肉じゃがを入れようとシーザーサラダを入れようと、残り物のおでんを入れようとただパンを切って入れようと、そこそこ様になるんじゃないかな。どっかりと受け止めてくれる、かっこいい器になるんじゃないかな、なんて夢を見ています。
焦げ臭い肉じゃがのためだけの器、というのも、つくってみたい気はするけどね。

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