そこは黄緑のかかった水色の天井だった。果てまで続く天井は終わりが見えなかった。天井にはわたあめのような白い雲がいくつか飾られていた。
目の前に不思議な構造物があった。建物と呼ぶには悩んでしまう、駅前によく置かれるような意味のつかめないモニュメントに似た、構造物だった。
バケツいっぱいの白にたった一滴の黄色を垂らしたような、白とは呼び難い色をした長方形のブロック状を不規則的に組み立てられていた。それはかなり高く、自然と黄緑のかかった水色の天井を見てしまうほどだった。
また夢かな?
なんせ最後の記憶が自分の部屋で、布団に入ったところだった。とても現実離れしている光景にわたしはすぐ夢を見ているんだと気づいた。
とりあえず、入ろうか。
わたしは目の前の構造物に近づいた。不規則に組み立てられたその構造物には穴が点々として存在していた。わたしはとりあえず近くにあった穴に入った。
中も長方形のブロック状を不規則に組み立てられていたが、よく見ると階段のようになっていてとりあえず上まで昇ることができるようで、わたしはとりあえず上まで昇ってみることにした。
しばらくして、外につながる穴を見つけた。ためしに顔を出してみると、バルコニーのような形になっていた。
そこにテーブルとふたつの椅子があり、ひとり、座っていた。ひとりはティーカップを片手にこの世界の果てを眺めて優雅なティータイムを楽しんでいた。
綺麗な黒いセミロングに、透き通るほど輝く白いワンピース。どんな子なのか観察していたらひとりはわたしのほうに振り返った。
「こんにちは、とりあえず座ったら」
「あっはい」声をかけられて促されるがままにわたしは空いてる椅子へ座った。
「紅茶はお好き?」ひとりはティーポットを持ち、ティーカップに注いだ。綺麗な紅色の液体がカーブ状を描いて、ティーカップに着陸した。着陸した頃にはあんなに紅かった液体がいつの間にか薄い青色になっていた。満たされたカップには底から黄色い果実の欠片が浮かび上がっていた。
「不思議でしょう」
「そうですね、これ最近流行ってますよね」
「そちらは流行ってるんだね、わたしはもう日常的になってるわよ」
注ぎ終えたひとりはティーポットを置くと、自分のティーカップを持ち口に運んだ。二口ほど喉に通すと、わたしの方を見ては頷いていた。
飲んでいいよ、ということだろう。
わたしもティーカップを手に取り、口に運んだ。薄青色の液体が体に染み渡っていた。
「お互い名乗らないでおきましょう。少しお話ししましょう」
「わかりました、ここはどこですか?」
ひとりは地平線の方へじっと目を凝らしていた。目線の先へわたしも合わせたが、ただ山が連なっているだけだった。その目には何が映っていたのだろうか。
「きみの知らない世界」
「ですよね、わたしよくあるんですよ。夢でこういう不思議な場所に訪れることが」
「おもしろいね、きみの世界はどんなところなの?」
わたしは自分の住む世界のことを話した。ユーリイ・ガガーリンが「地球は青かった」という言葉を残した星のことを。その星に確か「神はいなかった」らしい。そしてわたしが住む極東の国のことを。
「シキ?へえ、ピンクから緑になって、やがて赤とか黄色になって白くなるのね?まるでこの紅茶みたいに楽しめるのね」
「ここはそういうのはないんですか?」
「ないね、ずっと同じ景色。何年住んでも同じ景色」
ひとりはため息をついていた。
「ここの人たちはね、無欲なんだよ」
「無欲?」
「よく言えば争いもない平和なところよ。悪く言えば無欲だから発展もないに等しい。生物が最低限住めばいいって感じよ」
「それはそれでいいじゃないですか?わたしのところは強欲のあまり自分の星までをも破壊してしまいそうな勢いですよ」
「それはそれで楽しそうじゃない?」ひとりは笑っていた。
わたしたちはしばらく会話を交わしていた。お互いの文化のこと。環境のこと。歴史のことを。
「それで、あみゅぃあっ、パインの消しゴム!」
「パ‥‥?」
「えっうそ、言わない?」ひとりはとても驚いた様子で続けた。
「なにか言い間違えたらパインの消しゴムって言うんですよ。言われた方はパインの消し消し!って返さなきゃいけないの」
パインの消しゴム。パインの消し消し。その楽しそうな言葉に私は笑っていた。
「ほかにもね、言い間違えたら、かくかくって言って、けしけしって答えるのもあるのよ!今流行ってるの!」
「楽しそうですね」
「楽しいからぜひ持ち帰って流行らせて!」
「検討しますね」
気づくと天井の色は紺よりもさらに深い勝色へと変化していた。
「そろそろ寝る時間ですね」わたしはそう返すとひとりは空っぽになったティーカップを置いた。小さな置く音が空へ消えていった。
「また会おうね」ひとりは笑っていた。
「ぜひまた」
「パインの消しゴム!」
わたしは笑いながら返した。
「パインの消し消し!」