最高のラテには最高のミルクを

本当に上手な人のつくるラテは、表面がつるつるつやつやぷるんぷるんしている。ちゅっとすすると、ぺたっとした絹豆腐をたべているようなやさしい感触がする。

そう、おいしいラテにはミルクが命なのだ。
ミルクの品質も多少は重視するべきなのかもしれないけど、とにかくもっとも大切なのは「泡のきめ細やかさ」である。
熱い空気を流し込んで空気を含ませたミルクは、エスプレッソの旨みやミルク本来の甘みを引き出してラテをうんとおいしくする。

ミルクの泡立て方はこうだ。

①熱い空気の噴射口をミルクの表面から近いところまで差し込む。

②空気が勢いよく噴射されると、ミルクは振動をしたあと少しずつ噴射口を中心にしてまわりはじめる。
このとき、ミルクには大きな気泡がたくさんできていて、このままではとても「まろやか」とは程遠い。

③十分に気泡が含まれると振動がこまかいものになり、湯気が出るのですぐに噴射口を奥深くまで差し込む。底に噴射口をつけると、空気が空気を潰してきめ細かい気泡をつくっていく。
この段階で、ようやく「まろやか」さが出来上がるのだ。

最初にミルクの泡立て方を教わったときは、②から③に切り替えるところを「ピーという音で噴射口の向きを変える」と言われた。わたしは耳が聞こえないので、スチームを繰り返して自己流の切り替え方を見つけた。それがミルクの回転。

まわりはじめると、少しずつミルクの表面が上昇するのとともに固い感じがなくなってくる。
ミルクがちょうど固体なのか液体なのかいまいちわからない固さになったとき、底に噴射口をつけるとタイミングがぴったりなのだ。

わたしは思った。ラテのミルクは液体でも固体でもある不思議なポジションなのだ。
きめ細かく泡立ったミルクは表面を触ると濡れないが、中まで指を入れるとしっかり濡れる。
この感じが口の中で唾液と混ざり、液体のような固体のようなやわらかい感触を生み出すのだ。

今日、ある映画監督と会った。
彼女はLGBTと聴覚障害を同時に描いた映画を出しており、それが注目されて一部の人間(主に聴覚障害者)の間で有名になっている。
なぜ有名になったか?それは単純明快。
彼女は聴覚障害を持っているのに、BGMなどの一般的な音声を盛り込んだ映画をつくったからだ。
これまでに聴覚障害者がつくった映画は、いくら音付けを努力していても、聴こえる人からしたら「違和感を感じる」ものが多かった。
それを彼女が破ったのだ。聴こえるプロのカメラマンを雇い、音を彼に委ねたのだ。

映画監督はイメージを大切にする。
ここはこういう音楽を!あれはこんな声で!とイメージを膨らませて、それをカメラマンやエディターに伝えて制作を進めるものだ。
それを彼女はカメラマンに委ねた。それは大きな功績だとわたしは思う。
聴覚障害者らしい手が踊る映像に、違和感のない音声情報がついているのだ。

それに、聴覚障害者のLGBT当事者をテーマに映画をつくったということも重要だ。
聴覚障害者であり、LGBT当事者でもある人たちはふたつのマイノリティグループに属しており、視聴者に対して新しい感触を与えたと思う。
「この人はLGBTだ」「あの人は聴覚障害者だ」と決められない《揺らぐ存在》をああいう形で魅せたのは本当に面白いと思う。

泡立ったミルクのように、“液体でも固体でもある何か”は人に何かの化学反応を与えるのかもしれない。

ニーチェは言った。
「二項対立なんか気にしたら負けじゃ、二項対立のさらに向こうを目指せ、超人になれ!」(超訳)
それは二項対立を無視しろ、というわけではない。すべての物事の曖昧さ、中途半端さを受け入れろということなのだ。

というわけで、ラテを飲むなら手作りのラテを。ラテアートが施してあるのは、ミルクが上手に泡立っている証拠だよ。キメが細かくないと、ラテアートはうまくできないからね。

“最高のラテには最高のミルクを” への2件の返信

  1. ラテの泡にそんなに技術が必要とは知りませんでした、、、
    それと、すっごくななこちゃんの作ったラテが飲んでみたいと思っちゃった

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