天邪鬼

小さい頃、ピンクが嫌いな色だった。友達はみんなピンクが好きだと言うから、私はピンクを選びたくなかった。ピンクを見ると私の心はひねくれてくる。
なぜみんなと同じものを選ばないといけないの?

ごめんななこ、はちまきは聖母マリアなんかじゃなかった。本当はひねくれていて頑固なんだ。

ときどき私は疑り深い。「これいい」とみんなが言うものをそのまま受け入れてたまるか!みたいに思うことがある。

例えば村上春樹。いろんな人が村上春樹をいいと言う。しかし私は村上春樹の何がいいんだと、疑ってみなければ気がすまないらしい。

人の言うことを信じないわけじゃないよ。誰かが「いい」と言うのなら、それは本当だと思う。

真実は人の数だけ存在するのだと思う。
私の信じる真実と他の人が信じる真実は違っているかもしれない。その人が「正しい」と判断するならそれは一つの真実だ。同時に私は私で、自分の信じる「正しい」を自分自身で判断する。
たとえみんなが「いい」と言うことでも、きちんと自分の頭で考えた後でなければ納得したくない。

それでね、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだのだけど、村上春樹の良さを少し理解できた気がする。

読んでいるとたまにとびきりすてきな表現に出会う。例えばこういうの。
「…大型犬の柔らかな鼻先を押すような手つきでそっと電話の内線ボタンを押した。」

なんということ。
不意打ちだ…。
ただの受付嬢かと油断してたら、「大型犬の柔らかな鼻先」の予期せぬひとことにぐらっときた。
村上春樹なんか好きになってたまるか、べー!
ってちょっとは思ってたはずなのになぁ。

でも、もっと明るい話を書けばいいのにと思わないではいられない。

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