わたしが住んだ街のおはなし(に)

 

 

母は夢の国の住民になりたかった。

絶対王者であり続ける東の都の近くに小さな小さな夢の国がある。お城を中心に栄えていて、火山と海と共存していて、老若男女が楽しめる夢の国に母は恋していた。そのため、年に一回は必ず北の国から夢の国へ3日間ほど入国しては遊んでいた。そのついでに東の都の観光もしてから帰国する。

東の都を訪れたときは、衝撃の連続だった。

わたしが生まれた街には見たこともない3階以上の、なんなら空にも届きそうなほどに高い建物。赤いブロックだけで積み立てられた幾何学的な大樹。「雷門」と書かれた大きすぎる提灯を吊り下げる赤い門。地面に埋められたたくさんの店と横長い箱型の乗り物。道路が空を飛んでいる。お祭りでもなんでもないのに多すぎる人々。わたしの街では見ることのない非常識がそこには溢れかえっていた。

夢の国の住民になりたかった母に対し、わたしは東の都の住民になりたかった。

そしてその思いは年々強くなっていき、霧の街でそのまま中学生になったわたしは進路希望書に東の都にある高校の名前を書いた。それは屈指の進学校であり、その時のわたしの学力では合格できるかも怪しかった。それでも今住んでる街よりも大きいとにかく大きいところへ行きたかったわたしは第一志望をそれにした。そして滑り止めとして北の国の首都であり、もっとも栄えている街の高校を第二志望として書いた。それは北の国の西部にあり、霧の街から電車で7時間もかかるのだ。

大きな街に行ってなにを成し遂げたいとか大きな夢があるんだとかそういうのは一切なかった。ただただたくさんのもの、たくさんのひとがいるところへ行ってみたかった住んでみたかっただけだった。

進路希望書を提出した日からわたしは毎日一生懸命勉強し、憧れの東の都の高校に進学することが‥‥できなかった。

井戸の中の蛙、大海を知らず。自分の学力が東の都でどのように通用できるかも知らないままわたしは根拠も無くいけるだろうと思っていた。自信は根拠が無ければ無いほど案外身につくものなんだな。

そして受験日までゲーム三昧だった。その頃ハマっていたのはRPGゲームだった。わたしは自分の学力を上げずに、架空の自分のレベルを上げることに精を出していた。受験日3日前にやっとラスボスにたどり着けたのだ。しかしレベルが足りなくてそのラスボスは倒せなかった。そしてわたしは学力が足りなくてその高校に進学できなかった。

そんなことで、わたしは次の街へ引っ越しすることになった。北の国の西部にあるもっとも栄える首都は東の都と比べたらかなり劣るがそれでもわたしが生まれた街と比べたらそれは十分すぎるほどに大きかった。その首都からちょっと離れた寮のある高校に入学した。わたしは親から400㎞以上も離れて、寮生活をはじめた。

第二志望とはいえ滑り止めだったため、指針や行事、部活や勉強はおろか校長先生の名前すら知らないまま入学した高校はこれまた現時点でわたしが23年間生きてきた人生の中で最も治安が悪い所だった。

おそらく生徒の大半以上が恋愛体質という属性で、電車の乗り換えかな?と思う程に恋人を乗り換えていたし、不健全性的行為は当たり前のように行われていたし、自傷癖を持つ学生はクラスに数人は存在していて、「今日はよく切れたのよ」なんて言いながら生傷を見せてくれるし、規則正しく制服を着こなす生徒の方が少数派だったし、必ず誰かしら停学になっている。そんな高校に入学し、わたしは3年間楽しい青春生活を送っていた。お陰でいろいろと感覚が麻痺してしまい、大学入学した時は自傷する人が身近にいなくて「みんなそんなに腕を切らないんだね」なんて感動しながら友人に言っては「は?」と言われたことがある。

高校時代は休日によく首都へ遊びに行っていた。満足いくほどのお小遣いをもらえなかったので、食べ歩きや映画、買い物というのはあまりせず、意味も無く街をぶらぶらしていた。東の都で見た赤い幾何学的な大樹によく似た樹から始まる横長い公園、柱で支えられる連続したヴォールトその両脇に店が並ぶ道路、二枚のクッキーで一枚の白いチョコレートを挟むお菓子を売りしている恋する人、首都には魅力が溢れていた。

そして首都の逆方向にはこれまたロマンチック溢れる運河、海の街がある。綺麗な音楽を流す小さな世界が作れる館、海の恵みが並ぶ市場、歩くだけで楽しい宝石箱のような運河、海の街にも魅力が溢れていた。

北の国の首都だけでこれだけの魅力があるということは東の都には数倍、いや数十倍ものの魅力があるんだろうなあとわたしは東の都への憧れがより大きくなっていく。

今度こそと、わたしは進路希望書に東の都に近い街の大学の名前を書いた。

 

続きはまた次回にしましょう。もうちょっとだけお付き合い願います。高校生のときに住んだ街のエピソードがあまりなく、前回の不審者よりインパクトが弱い内容になってしまいましたね。でも、高校時代のエピソードは飽和するほどにあるので、いつか書きますね。

トップ画像は北の国の首都の空に現れた虹を写したものです。

それでは、今日もおやすみなさい。

 

“わたしが住んだ街のおはなし(に)” への5件の返信

  1. 電車の乗り換えっていう表現、結構的を得てる気がする…
    私の中学もその乗換と交錯が激しくて相関図書いたらどうなるんだっていつも思ってた 笑
    さすがに自傷行為はなかったけど、巻き込まれないようにひとり安全運転に努めたり。

    1. ほんとうに電車の乗り換えかな?というほどに乗り換えがひどかったですよ笑。東京の電車並みです。相関図わっかる〜〜〜ていうかわたしは書いた!笑
      ひとり安全運転に努めてみても、他人の居眠り運転や飲酒運転によって巻き込まれちゃうってことありますよね…。

    1. はじめまして。読んでくれてありがとう。比喩が大好き過ぎてつい、、、これからも直喩、隠喩、擬人を酷使して参ります。

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