昼寝したときに見た夢の話を書いてみました

 

 

 

 

「お待ちしておりました」あたり一面黒に覆われている中、一枚だけ白い質素なドアが立っている空間でわたしはその声で意識を取り戻した。

顔をあげるとドアの前に何かが立っていた。それは軽く咳払いをした。だんだんとはっきりしてくる視界でその姿を捉えることができた。‥‥ふたつの足で立っている白いうさぎだった。執事のようなタキシードを着ていた。

「ようこそ、世界夢旅行へ」「どういうこと?」喋りだすうさぎにわたしは思わず突っ込んだ。

「あなたは夢を見ています。これからわたしと共に旅行いたしますよ」「えっと?」

わたしの最後の記憶は確か部屋で昼寝をするところだった。1時間ほど寝ようと思っていた。‥‥そうか、夢の中か。わたしはスマートフォンを取り出そうとポケットを探ってみたが、出てきたのは一枚の紙切れだった。ちらりと見るとそこにはこう書かれてあった。

[さけフレークもってきて くろ]

くろ‥‥。

「準備はいいですか?そろそろ参りましょう」

わたしの思考はうさぎの声によって遮られた。わたしは一枚の紙切れをポケットに戻した。うさぎは二足歩行でドアの前まで歩いてはドアノブを手にかけ、そして開いた。真っ先に目に飛び込んできたのは赤いカーペットを敷いた廊下。左側には窓、右側にはドアが規則正しく立ち並んでいた。

「さ、ささ、どうぞ」「あ、はい」

うさぎに促され、わたしはドアを通り抜けて廊下へ飛び出た。後にうさぎがわたしの前に回り込んできた。‥‥わたしはあの空間の存在が気になり、通り抜けたドアの方へ振り向いたが、そこは何もなく前と同じような廊下が続いていた。

「今回はショートステイとのことですので、部屋は取っておりません。ぱっぱぱと観光して帰りましょう。さあ」

うさぎは二足歩行で歩き出す。わたしはそれについていきながら、窓の景色を眺めた。窓の外に広がっているのは青い空と広い雲の海。向こうに太陽が顔を出していた。空の上‥‥ということがわかる。

「世界夢旅行ってなんですか?」わたしは質問した。うさぎは歩むことをやめないまま話を始めた。

「ドラゴンって信じます?」「えっ?」「妖精、小人、獣人、魔法‥‥要するにあなたがいる世界ではありえない現象がたくさん夢の中では溢れているんです。そんな素敵な場所をツアーする会社です。それが〝世界夢旅行〟」「は、はあ」

廊下に規則正しく並ぶドアはそれぞれデザインが違っている。きのこが生えているドア、白い木の板で可愛く装飾されたドア、鉄錆びた重々しいドア‥‥。それぞれが違いすぎて統一されていなかった。

「このドアはそれぞれ素敵な場所へ直接繋ぎます。不思議でしょう?」ああ、どこでもドアみたいな感じなのだろうかとわたしは思った。

「では最初にここへ参りましょうか」うさぎは一枚のドアの前に立った。そこは木の枝と苔で覆われたドアだった。

「最初にご案内するは全ての中心、世界樹でございます」

 

足が着いた先は地面でもアスファルトでもなかった、木の枝だった。それはとても広く大きく、子供が走り回るには十分すぎるほどのスペースが整っていた。木の枝の道の先には一本の大きな幹があった。その幹は立派に夕焼け茜色に染まった空までそびえ立っていた。わたしとうさぎはどうやら世界樹の枝の上に降りたということがわかる。枝から下を覗き込むとたくさんのぱっぱの向こうに地上が小さく見える。あまりにもの高さにわたしは思わず声を漏らす。

「ひゃあ‥落ちたら死ぬね‥」「死にます」

うさぎは空を見上げて何かを探し、何かを見つけては指差してわたしに教えてくれた。指差した方向へ視野を向けるとそこには鳥のような、鳥にしては胴体が大きすぎる何かが2羽、飛んでいた。

「あちらに飛んでいるのがドラゴンです」「ドラッ!?」

「ここからの景色はとても気持ちのいいものですよ、しばらく眺めていましょう」

わたしたちは日が沈み、漆黒の天井に多くの星が飾るまで、木の枝の上でのんびりした。

 

 

「‥‥ぼくじゃない、くろがやったんだ!」

ぼくの苦しい言い訳を聞いた母は苦笑いをしていた。風呂場には少しの茶色い物体とそこの隣に輝く黄色い目をした黒毛の猫が立っていた。‥‥物心がつくかつかないか曖昧な頃のわたしがくろと過ごした中で今でもはっきり覚えていて、そして後悔していることだった。

 

 

「どうでしょう、不思議な世界、楽しんでますか?」「楽しいですね」

様々な色をしたきのこが生え茂っている洞窟の中、真っ赤なきのこのテーブルの上に並べたご馳走をわたしとうさぎは楽しんでいた。天井からぶら下がるきのこの形をした照明が辺りを照らしていた。

世界樹を経て、妖精の里、獣人の村を巡ったわたしたちは小人の洞窟で一休みをしていた。最新の大きなスマートフォンほどしかない大きさの小人が作るきのこ料理はどれも美味だった。

「そろそろ次で最後の国です」うさぎは一呼吸置いて続けた。「猫の楽園です」

 

そこは小さな王国だった。向こうに立派なお城を構えていてそこから城下町が広がる。その城下町のはぐれは畑と田んぼが広がっているらしい。わたしたちは城下町とお城の真ん中‥‥お城への入り口辺りでドアを開けた。

「すごい‥‥本格的な町ですね」そんな町でもただひとつだけ違うところがある。「みんな猫なんですね」そこには多くの猫が二足歩行で歩いていた。

「なんニャ、観光客ニャか?」通りすがりの猫がわたしたちに話しかけてきた。

白に茶色と黒の斑点が散らばり、その上にカジュアルな服装をした細めの猫が立っていた。

「ようこそ、猫の楽園ニャ!案内するニャ!」

「ここは猫もしゃべるんですね」今まで4箇所の不思議ツアーを経て耐性がついてしまったのか、猫が喋り出すことに何の感情を持たなかった。

わたしはうさぎと話しかけられた猫に案内されて猫の楽園を観光した。住民が猫であること以外はさほど変わらなかった。海外旅行をしている気分に浸れた。

「そろそろ夢も終わりの時間です、戻りましょうか」

懐中時計で時間を確認したうさぎはそうわたしに告げた。わたしたちは案内してくれた猫に別れを告げた。彼はミケという名前で「ミケなんてありきたりすぎて笑っちゃうでしょ。飼い主さんが三毛猫だからミケなんだって」と彼は笑っていた。そしてドアへ向かってわたしたちは歩き出した。

「‥‥ここの猫たちってもしかして」わたしはこの国で観光して湧いた疑問をうさぎにぶつけた。

「そうです、あなたの世界でお亡くなりになった猫の魂たちが辿り着く場所です」

「やっぱりそうだよね」

ドアの前に着いたわたしにうさぎはわたしをじっと見た。

「ここで世界夢旅行は終わりですが、やり残したことはありませんか?」

「あーねえ写真撮ろうよ」わたしはスマートフォンを取り出そうとポケットを探ってみたら一枚の紙切れが出てきた。そこでわたしは思い出した。

「‥‥ちょっと待ってほしい」「いいですよ」

わたしは駆け出した。猫の楽園ならもしかしたらいるかもしれない。くろがいるかもしれない。わたしは城下町を駆け回り必死でその名前を呼んだ。あの時のことを、君のせいにしてしまったことを、わたしは謝りたかった。

そしてわたしの名前を呼ぶ声が聞こえ、わたしは振り向いた。そこには雑貨店から輝く黄色い目をした黒毛のカーキのダウンジャケットを着た猫が顔を出して手を振っていた。

「くろ!」「久しぶりニャな!」

わたしは思わずくろに抱きついてそして泣き出した。

「ニャハハ、泣くな」

 

 

幼稚園から帰ってきたら、くろは突然いなくなった。

「くろはね、親戚にちょっと預かってるの。そのうち帰ってくるよ」

おそらく死をまだ理解することができない年齢のぼくに母はそう伝えてきた。

そしてぼくはもう生きているくろに会うことはなかった。

小学高学年になったぼくに母は押入れから立派な赤い骨箱を取り出し、真実を告げてきた。数年ぶりの再会を果たせた時、もうくろは骨になっていた。

 

 

わたしがぼくが風呂場でお漏らしした時にくろのせいにしたこと、そしてくろの最期に立ち会えなかったこと、心の奥深くに秘めた後悔を泣きながらくろに伝えた。くろは笑っていた。

「まだ小さかったからね、仕方がないニャ」

くろはわたしを見て安心したような表情を浮かべていた。

「大きくなったね」

 

「元気でやるんニャよ‥‥次はさけのフレークを忘れんなよ!」

さけのフレークを持ってくることを忘れたわたしにくろは怒っていた。いやスマートフォンを持ってくることができなかったこの夢の世界にどうやって持ってくるんだよとわたしは突っ込みたくなった。‥‥また次があるといいなと思いながら。

わたしはくろと別れを告げ、猫の楽園を後にした。気づいた時は真っ暗な空間にわたしとうさぎは立っていた。

「ご利用誠にありがとうございました」うさぎは深くお辞儀をした。

「‥‥こちらこそありがとう。楽しかったよ」

「ではではまたのご利用をお待ちしております」

わたしはうさぎに手を振った。うさぎは最後まで規律正しくお辞儀をしていた。

 

 

そしてわたしは昼寝から目を覚ました。

 

 

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