赤い世界

 

 

 

気付いたらわたしは緩やかな坂を登り歩いていた。あたりは赤レンガで作られた、ひとつの家族が住むには十分な大きさの建物が並んでいて、遠くには雲が高く空に浮かんでいた。建物の足元にはひまわりたちが大きな顔で咲いていた。

暑い。

額から一粒、ひとつぶと汗がこぼれる。それを腕で拭いては、わたしはまた登る。段々と平地になっていく頃に道がいくつか分かれていた。わたしはひとつの道を選び、進んだ。

見たこともない町、見たこともない光景、記憶していない道なのに、この道が合っていると、体が覚えていた。

しばらく歩くと、ひとつ、大きな赤い建物の前に辿り着いた。わたしは開き戸を開けて建物の中に入ると、ひんやりと冷たい空気が肌に触れる。

「よく来たね」

そこに名前も知らないおばあちゃんが立っていた。ひとつの杖で体を支えていて、数え切れない皺と、曲がった背で、かなりの高齢であることがわかる。

「おまえさんのおうちは、思い出せたかい?」

何を言っているのがわたしにはわからなかった。だけど、だけど、体が覚えていた。わたしの家が、帰る場所が、この町にまだ残っていることを。

「はい、なんとか」

「そうかい、今度は家に帰れるといいね」

おばあちゃんはにっこり笑ってわたしのところへ歩いてきた。

「おまえさんがここにいれるのはそう長くはない、もうお行き」

ここでわたしは、ここが夢であることと、15分だけの仮眠なので猶予があまりないことを思い出したのだ。

「そうだった、もう行きますね」

「また、遊びにおいでね」

わたしはその建物から飛び出した。たしか公民館だった。

体が道を覚えていた。この道を走っていけば、駅がある。電車に乗れば。

立ち並ぶ赤い建物たちを抜いてわたしは走る。息も切れた頃にわたしは駅に辿り着いた。かなりの田舎によくあるホームと屋根しかない無人駅だった。

わたしはホームに登り、そこに設置されているベンチで一休みをした。

思い出せたのは、この町に来たのは2回目であること。1回目は電車の窓からのんびり町の景色を眺めていたらあのおばあちゃんに出会って、「この世界の人ではないんだよね?」と言われたんだっけ。

そんなことを思い出していたら目の前に電車がやってきた。現世では類を見ない機関車だった。しかも赤かった。

ドアが開き、わたしは乗り込んだ。赤い機関車は煙を吐きながら走り出した。

山の陰を走ることから山陰線(やまかげせん)と呼ばれるこの線路は一本だけだった。赤い街並みを抜けて高い山が連なっていた。

位置はちょうど神奈川県の南の南辺りの、「異世界」だったこともそのときに思い出した。

「えっと‥‥」

わたしは辺りを探した。電光掲示板はすぐに見つかった。そこに映し出す線と駅名は残念ながらわたしの知る文字群ではないため、読むことはできなかったが、これもまた体が覚えていた。

わたしが降りる駅は終点から3駅隣にあるその駅だった。

 

しばらくしてわたしが降りたい駅に赤い機関車は停まった。降りるとそこには少し高い山に向かって商店街みたいな街並みが並んでいた。

あの商店街を抜けると住宅街になり、そこにわたしが住んでいるはずの家がある。

わたしは歩き出した、商店街を抜けるために。

 

わたしは一人でこの町に住んでいる。田舎には当て嵌らず、都会とも言い難い町で、わたしはたしかに住んでいる。家族はいるのか。友達はいるのか。仕事はしているのか。または学生なのか。そんなことは何も記憶にないけれど、わたしがわたしに気づく前のわたしはたしかにこの町に住んでいる。

もしかしたらここはパラレルワールドでかつ異世界であり、地球とかいう星にいるわたしが眠っている間、この星のわたしに意識が乗り移ったのではないかという仮説が頭に浮かんでるうちに、わたしは、商店街を抜けた。

どこまでも赤い住宅街、あの角を曲がればわたしの家が、前のわたしが住んでいる家がある。

そこで。

 

わたしは昼寝から目を覚ました。

 

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