火の世話をする

仕事場に着くと、まずストーブに薪を焚べる。先月松の木を伐採してもらったばかりなので、今は松の樹皮や木っ端がふんだんにある。乾きはいまいちなので、本当はまだ燃やすべきでないと分かってはいる。分かってはいるけれど、個人的には火が着きさえすればそんな細かいことはどうだってよく、例えそれによって煙突に煤が溜まろうが、掃除をするのは自分くらいなわけだからと、結果構わずそれらを炉内にぶち込んでいる。木っ端づくりの手間が省けたお陰で、焚き付けは随分お手軽になった。煙突が冷え過ぎてさえいなければ、ものの数分で火に勢いがつく。炎が安定したのを確かめてから、今日は太いナラを1本焚べた。ダンパーを全開にしていても、小一時間は十分にもつ。

早朝こうして火を焚きながら、人がいない間に頭を使う仕事を進めておくというのが最近の日課だ。ついでなので、薪が1本燃え切る手前で、子ども達が畑から(無限に)掘ってくるサツマイモやジャガイモ、頂き物の「理由有り林檎」などを、ホイルにくるんで火に入れておく。程よい食材がない時は、お湯を沸かしてざっとコーヒー豆を煎っておく。すると皆さんが出社してくる頃にはあら不思議、室内は完全に暖まり、おまけにちょっとした朝ごはんができ上がっているという謎のシステム。要は遊んでいるだけなんだけど、毎朝目の下に立派な熊を引き連れてげっそりと出勤してくる方々には、このストーブ式全自動朝食システムが随分とご好評を頂いている。

朝、身体の側に火の気配を感じることは、ただそれだけで1日の小さな自信になる。それは一体どんな自信かというと、「今日もどうやら生きのびられそう」という自信です。私はそこから1日、仕事の合間合間でまた薪を焚べて、適宜せっせと火の世話をする。火を養生する。

絶やさないことかなと思っています。 

適当に、芋でも焼きつつ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。