人生初のボクシング体験

私に不似合いなものがあるとすれば、それはボクシングとかレスリングみたいな格闘技ではないかと思う。テレビでボクシングの試合を見るのは全然好きではない。痛そうなのはできるだけ避けて通りたいと思う。見たくもない。
穏やかで大人しい平和主義者としてずっと生きてきた。他人をグーで殴ったことは一度だけだ。話せばわかる。それが信条。

豚もおだてりゃ木に登るものなんだね。
「今のいいですね!」
え、本当?
「そうそう!思いっきり」
思いっきりってどうしたらいいんだろう?
全然わからない。これでいいのか自信もない。
なぜ、誘われる方ものこのこついていくのだろうね?黒い、枕の形をしたミットを連打しながら私も不思議だった。うわ、いま私、パンチしてるよ!自分で自分にビビってるような有様。なんだかヒリヒリするなと思ったら、指の皮が擦りむけていた。
フォームも、拳の当て方もまるでなっていないような、情けないパンチだったに違いない。それでも受け止めてくれる人がいる。
ドーンと構える黒いミット。「よかったら一緒にやりませんか」と私をボクシングに誘ってくれた先輩だ。
優しくておもしろくて明るい、私の憧れの先輩。そしてそして今日、新たに発見した。彼女のパンチはとても迫力がある!
彼女が本気を出せばきっと私なんか吹っ飛ばされてしまうだろうな。手加減されてそれでもなお腕にずっしりくる衝撃を受け止めているうちに、だんだん、本気でやってみたい気持ちになってきた。
自信はないけど、自分ができる精一杯やってみよう!ずーん。お腹の底で覚悟が決まった。

もっと強くなりたい。厳しい世の中で自分らしく生きていけるように。負けたくない。

「コミュニケーションは難しくても、一緒にスポーツを楽しめたらいいなと思っています」
練習の前、インストラクターさんに聞こえないことを伝えた。動きは見ていればだいたいわかる。手の動かし方や立つ姿勢の足の位置なんかは、全て言葉をわからなくても説明を聞いてわかったような気持ちになる。
インストラクターさんの1人が私の隣に立って、わかりやすいように動きをやって見せてくれた。
「わからないことがあったら遠慮なく聞いてください」
と言ってくださった。身振りを交えて話してくれる。そういった気遣いがあるのは、とても安心できることだ。聞こえなくても大丈夫だという感覚。どこへいっても、誰の前でも、常に私はその感覚を忘れてはいけない。

「あなたはいつも、険しい道を行くね」
あるとき友達から言われたのを覚えている。クラスノヤルスクで、クラスノヤルスクを発つ、2、3日前、初夏の花咲く緑の丘をハイキングしていた時のことだ。私が急な斜面ばかり選んで登っていくのを見て、友達がそう言ったのだった。
自分では険しい道を選んでいるつもりなんか少しもなかった。ただ、ここを登っていったら効率が良いと思っただけで。むしろ足掛かりを見つけながらひょいひょい登っていくのを楽しんでさえいた。

なぜ私はこの道を選んだのだろう。なぜ今のぬくぬくと温かい居場所を離れて、新しい場所で挑戦することを選んだのか。
本当を言えば、私にできるのだろうかと思うと不安でしかない。でも挑戦する価値はあると信じている。険しい道の方が登り甲斐があるというものだ。ひょっとしたらそこには道なんかなくて、自分で道を切り拓いていかなければいけないかもしれない。そしたら私の後にまた別の誰かがやってきた時、少しは楽になるといいなと思う。

来る試練に備えて今からメンタルを鍛えておかねば。そういうわけでボクシングを始めようと決意。

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