良く晴れた秋の日、山登りに出かけた。
朝家を出る前に、きゅうりと卵のサンドイッチを作ってみかんと一緒にリュックに詰めた。
登山靴は新品。3年前、まだコロナがなかった時に買ってから一度も使っていなかった。帽子とグローブも、準備オッケー!
電車を乗り継ぎバスを降りると、空気がひんやりしていた。もうじき冬がやってくる気配がする。本格的に寒くなる前の今は、山登りにはもってこいの気温だ。
紅葉もちょうど見ごろで、登山客は多くいた。
登り始めは肌寒かったのにだんだん暑くなってきた。思ったより、険しい。上着の前を開けておくと風がひんやりいい気持ち。
「頂上まであと○メートル」の看板に元気づけられる。少しずつ進んでいる感じが好き。
降りてくる人とすれ違うと、「こんにちは」とあいさつする。
人気の山なのかな。ずいぶんたくさん人とすれ違った。
メガネをかけていたらもっと歩きやすかったかも。雲一つない晴天でも厚く茂った葉の下は薄暗い。よろめきながら斜面を登った。
岩場が多い。どうしたらこんなギザギザになるんだろう。岩の表面に張り付くようにして、一歩また一歩と体を引き上げた。
それにしても、3年前同じ山を登ったときはこんなにきつかったっけ。つらい記憶はきれいに忘れてる。ああ、歳をとったな。
その分、ちゃんと成長していたいものだ。前に進むためには学ぶ必要がある。今私が学ぶべきなのは、力を抜いて生きて行く方法だ。
がむしゃらに険しい道を行くんじゃない。どこを通るのが一番楽か、頭を使って登れ。
常に全力で走り続けていてはいつか自滅してしまう。勾配が急な場所はのんびり登ればいい。歩きやすいところで息を整える。上り坂では自転車のギアを下げる。追い風が吹いてきたらすかさずスピードを乗せる。
自転車に乗るとき、走っているとき、山を登るとき、いつでも頭の片隅に置いている。「これは楽をするための練習なのだ」
今まで私は何をやっていたんだろうなあ。
登りながらつらつら考えた。一言でいうなら、ストイック。エスカレーターと階段があるなら必ず階段を使う。足を鍛えるチャンスを逃してしまうなんてもったいない!わざと険しい道を選んで、それが自分を鍛えることだと考えていた。
鍛えるのもいいけど、もっと自分のことを大事にしてあげなよ。疲れたらロープウェイで下山してもいいんだから。
というか、なんで山なんて登っているの。楽をするための練習とか言って、結局きついことしている。
好きなのかも。自分をいじめ抜いて「ああ、これで強くなれた!」と達成感に浸るのが。
救いようがないやつ。誰かストイックの治し方教えて…。
山頂には展望台があった。遮るもの何もなく遥か遠くまで見渡せた。地上を、蛇のように曲がりくねって川が流れている。川を挟んで山の連なりが果てなく続く。
秋の山は美しい。カラフル。遠くの山は青いけど、近くの山は茶色に見える。ところどころ赤や黄色の紅葉が混ざっている。
日の光があんまり眩しいので、さっさと展望台を後にした。
お弁当を広げたら、小鳥の襲撃を受けた。お腹がオレンジ色で、羽が青くて、頭は黒だけど目の周りが白い。手のひらに乗るくらいの小さな体で、ぶつかっても大して痛くないのだろうけど、すばしっこいからビビった。1回顔スレスレまで翼がきて、「わあっ」て声を上げたら、逃げていった。
しばらくしてもまた来る。悪いがサンドイッチはあげられない。急いで食べた。
近くに巣でもあるのかと思い至ったのは食べ終えた後だった。小鳥は2羽いる。親鳥なのかもしれなかった。ごめんね、悪気はなかったんだ。
そういえば、ばーちゃんが「庭のサザンカの木に小鳥が来るんだけど、名前がわからない」と言っていた。
私が野鳥に詳しいとでも思っていたのか、「お腹が茶色で、(ちゃぶ台の上のチラシの一部を指して)こーゆうような色の明るい茶色で背中がグレーで…」と細かく説明された。いや、私わからないんだけど。
あの時答えられなかった鳥の名前。ひょっとして同じ種類かな?
調べたら、私が山で見たのはヤマガラだった。スマホって便利だよね。実物を知っていさえすれば、画像を見ながら鳥の種類も花の名前も探し当ててしまえるのだから。またばーちゃんに聞いてみようと思う。
靴が固い。丈夫な靴だから当たり前か。
ちょっときつめだけどそのうち足に合うようになるさ、なんて甘い考えだった。
妥協してはならないことも世の中にはある。