くるみパンの形

ここらがしおどきなのでしょう。悔しいけど。
大人にならなきゃ。これだけ年齢を重ねたんだから。
夢とか生きる意味云々よりも、もっと大事なことがあるはずだ。ちっぽけな自分ひとり、幸せにできないでどうする。

なぜこんな険しい道を行くのか。
こっちが最短ルートだから。脚を鍛えたいから。険しい方が登り甲斐があるから。新しい道を切り開くみたいにわくわくするから。そういうの全てを、「そこに山があるから」のひとことに語らせておくことが、かっこいいとでも思っていたんだな。失敗してもこけてもいいから、とにかくやってみたかった。

実際の私は、どうしようもないくらい、無様でかっこ悪くてぺしゃんこ。情けない。
「頑張れ」とは酷なことばだとさえ思った。
そんな時、読んだ本の中に言葉を見つけた。
頑張るとはつまり、我を張る。だから「頑張れ」とは、「あなたは間違っていないよ、正しいからそのまま行け」といっているんだ。
なるほど。

自分が間違っていることが悲しかった。
正しいと信じることを私はやった。でも、間違っていたのではないか。
いや、間違っていないと思う。だって納得できない!!
なのにもう、頑張れない。

もう、いいじゃないか。
どんなに納得できなかろうが、悔しかろうが、私にこれ以上何もできない。それが事実だ。
行きすぎた頑固は自分を苦しめるだけだ。

それよりも大事ものがある。

例えば、くるみパン。
くるみパンってどんな形だっけ?
色鉛筆を手に取って形を描いてみた。

ルール: 端から順に1色ずつ使う。全部の色を、1回きりしか使えない。

くるみパンに赤も緑もないのだけど、全部使ったら面白そうでしょ。
青は生真面目にきっちりくるみパンの輪郭をたどる。黄色は勝手にはみ出す。ピンクはふわふわ、自由にうねる。
できたできた。これがくるみパンの形だ。
残り5色ほどでパンの内側を塗る。運良く、一番香ばしい茶色が残っていた。それから濃い紫。影を適当につけておく。ベージュと赤紫でくるみを描いたら、ニキビみたい。何となく、羅生門を思い出した。最終的に手放してしまった人間らしさ。薄紫はパンの生地の色。くるみパンの内側は薄い紫と決まっているのだ。緑は別にいらないけど、全色使うルールだからとりあえず塗る。
美味しそうな感じがいまいち出ないなあ。2度使い禁止のルールをこっそり破ってオレンジを使った。

子どもの頃、学校から帰ってきてベージュのビニール袋を電子レンジの上に見つけると、嬉しくなった。やったー、明日の朝はパンだ!
いつも中身は決まっていた。あの頃は、チョココロネやアンパンマンの顔をしたクリームパンが好きだった。母はアップルパイかシナモンロール、父はカレーパンかコロネだった。カラフルなチョコがかかっているやつね。妹はよく好みが変わった。それでも、明太フランスが長らくお気に入りの座を占めていた。

スーパーの中にそのパン屋はある。「あった」と言った方がいいのかな。ちょっと前に閉店したらしい。
小さな壁際のコーナーでパンが並べられていた。ミスドみたいに、客はトングを持ってトレイに好きなパンを乗せる。
確か小2の時、学校の校外学習で職業インタビューに行った。パン屋の店長は眼鏡をかけていて、背が高い上に白い帽子のせいで一層背が高く見えた。インタビューで何を聞いたのか覚えていない。すごく緊張してた気がする。今の私なら、ぜひともくるみパンの作り方を聞くのになあ。どうやったらあの形に焼けるんですか。
一度、妹と2人でパンを買いに行ったことがある。子どもにはトングの扱いが難しい。2個くらいパンを床に落っことした。店長さんは少しも怒ることなく、新しいパンに取り替えてくれたけれど、それ以来、パン屋の前を通るたびにビクビクしてた。失敗したことはいつまでも覚えているものだ。

何の話してたっけ。

くるみパン。毎日のささやかな幸せ。
たまにはパン屋に買いに行こう。それでいい。

それでもまだ頑張りたいと思うなら、
もっと賢くなれ。
険しい道ばかりではない。回り道や楽な道だってあるかもしれない。夢は必ずしも現実で叶えなければいけないわけじゃない。例えば絵の中に、夢を描くこともできると思う。
どうせ歳を取るのなら、抜け道を見つけられるようになりたい。ただいたずらに、諦めとか仕方なさを重ねていくのではなくて。
自分の中の、自由でわがままで頑固な子どもの部分を生き延びさせるには、もっと賢くならなきゃいけない。

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