例外

テレビを買ったので、NHK受信料を払わねばならない。しぶしぶながら郵便受けに入っていたお知らせを開けた。テレビがなかった今までは真っ直ぐゴミ箱行きだった封筒だ。支払い手続きの案内と一緒に番組の情報が載っているチラシが入っていた。チラシに用はない。ぽいだ、ぽい。ゴミ箱に投げ込もうとしたその瞬間、ハッと目を引く文字があった。米津玄師。

朝ドラ『虎に翼』の主題歌が米津玄師の曲らしい。朝ドラなんて見ないけれど、ちょっと嬉しくなった。世の中どこもかしこも米津さんの音楽ばかりだ。ブックオフでもこの間耳にした。馬と鹿。クラヴマガのスタジオでも時々流れている。逆に言えば私は米津さんの音楽以外は聞き取れないのだけれど。知らないから。
というわけで、私の米津玄師センサーに虎に翼が引っかかったのだった。私は普段ドラマは見ない。ニュースすらも見ない。そういえばもう何週間もテレビつけていないな。なのに受信料は支払わなければいけない。何のためにテレビを買ってしまったのだろう、一体。

テレビを見る代わりにYouTubeで音楽を聴く。今日は、さよーならまたいつか!をずっと聴き続けてようやく耳に染みてきた。1回目よりも2回目、10回目よりも30回目、50回目よりも100回目、同じ曲を繰り返しているはずなのに少しずつ違って聞こえる。少しずつ鮮明になる。初めごちゃごちゃして聞こえなかった部分が何回目かにすっとわかるようになる。パズルのピースを一つ一つはめていき、少しずつ全体像が見えてくるのに似ている。音楽を自分の身の一部に変えていく、この過程を気に入っている。積極的受容。それは決して苦行ではなく、むしろ進んで雨に打たれていたいのだ。私の頭の中の何割かは米津玄師の音楽で占められていて、知った分だけ世界は広がる。聴けば聴くほど好きになる。
やっぱり、他の音楽にどこか似ている。恋と病熱や春雷をミックスしてリメイクしたみたい。昔の面影を残しながら、それでいて全く別の新しい曲として成立しているのだ。すごいよね。十数年の間に幾つ曲を作っても、この人のこの人らしさは変わらないんだ。

この曲をなんとしても覚えたかったのには理由がある。
ばーちゃんが朝ドラを見ているはずだ。8時過ぎになるといつもテレビの前に齧り付いて熱心に見てるのを私は知っている。ばーちゃんが聞いているのと同じ音楽を私も聴きたかった。それはつまり、私の好きな音楽をばーちゃんも毎朝聴いている、ということだから。どっちが先でどっちが後かなんてどうでもよくて。
正直、ドラマを見なくても、あらすじを読み、歌の歌詞を眺めてるだけで想像はつく。十分感情移入できてしまう。女性が法曹界で働くことが難しい時代だったのだろうな。ツバメ。気のない顔の燕尾服が目に見えるようだ。ドラマ見なくても泣けちゃう、これは。今の世の中で聞こえない教員が英語を教えるのと同じ感覚かもしれない。
「さよーならまたいつか!」というフレーズが、未来に希望を託しているみたいで素敵だ。今を懸命に生きている人だからこそ、言える言葉なのだろう。困難の中でも自分を貫ぬこうとする、虎のように強い人に憧れた。
100年先はどうなっているのだろう。2124年を想像してみる。新しい人工内耳が開発され、神経レベルで聴覚障害が解明されることがあれば、聞こえない人はもはや存在しなくなるのだろうか。たとえそうだとしても100年後に生まれればよかったなんて私は願わない。こう言ってやりたいからね。「生まれた時から私だったんだ、知らなかっただろ」
きっと、虎に翼の主人公も同じ気持ちなんじゃないかな?
今、彼女の思い描いていた春は来たのか?
私の春はまだだ。誰もが自分らしく暮らせる社会を夢見ていた。理想を実現するためなら、口の中に血が滲むことも厭わない。そのつもりだった。私はもう挑戦する気力を失ってしまったけれど、100年後に当たり前のように春がめぐり来るのならそれでいい。
想像でそこまで感動するなら録画でもして本物を見ればいいのにね。でも見ない。朝ドラはばーちゃんが見るもので、私はそこまで見たいとは思わない。音楽だけは別だ。ただ、同じ音楽を聴いているということが大事だった。
100年先のことを思うとほんの少しせつなくなるよ。たぶんまた別の人が現れて、新しい音楽が流れているのだろう。今、米津玄師の時代を生きていて良かったなとしみじみ思う。同じ時代を生きている。
まだ終わったわけじゃない!突然叫び出したいような気持ちになった。今も私は生きている。聞こえない自分として生きてちゃ悪いか。私は間違っていたかもしれない。結局果たせなかったけれどあれが私の生き様だった。そして今書こうとしている物語だ。空を飛ぶ力はなくても、せめて志は消え失せることのないようにこの世に残していきたい。命ある限りまだ見ぬ春を夢見続ける。

ずっと見てみたいと思っている映画がある。君たちはどう生きるか。
ドラマと違ってこれは本物を見ないと見た気分にはならない。音楽に負けないくらいダイナミックな映画であるに違いない。きっと私の想像のはるか上を行くストーリー。
地球儀ならもうすっかり覚えてしまった。いざ映画!それなのに探しても見つからないんだよね。字幕付きでやっている映画館。DVDが出たらレンタルしようか。やっとテレビの出番だな。その前にDVDプレイヤーを調達しなくてはいけない。ここでまたちょっと億劫になる。
いいさ。急ぐこともない。いつか見れるその日まで楽しみにしていましょう。

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