夜中、目が覚めてしばらく月を眺めた。時折雲が流れてくる。
蒸し暑い夜だった。窓を開けても風が吹いてこない。空を見上げていると、のんびりした気持ちになった。こんなに月が綺麗だから、急いで寝てしまうことないさ。
あの雲も月もやがて見えなくなってしまうけど、私はずっとこの空の下にいる。私がいなくなってしまった後も、何ひとつ変わることなく日は昇り月は満ち欠けする。
そうだ、いいこと思いついた。お月見団子を作ろう。
次の日早速上新粉を買ってきた。一袋は多いかな。いや、いっぱい食べるから大丈夫。
ボウルに粉を入れお湯を混ぜてこねる。ボウルの大きさに対して上新粉の量が多すぎて、縁から溢れるが、気にしない。初めのうちは白いべとべとした塊が手にくっついた。粘土みたいでなかなか楽しい。そのうち水分が満遍なく行き渡り一塊にまとまって、ちょうどいい柔らかさになった。「耳たぶくらいの柔らかさ」と袋には書いてある。その通りだ。
よーし、でかいのを作っちゃろ。
ピンポン玉よりも大きくテニスボールよりは小さい、鶏の卵ほどのボールができた。特大サイズを2個作り、他はプチトマトの大きさに丸めていく。手のひらに挟んでころころするだけで簡単にきれいな球ができる。白玉だ。いくつもいくつも作った。
子供の頃読んだ大福の絵本を思い出す。腹ぺこの大福にあんこを食べさせたら、ちび大福をポンポン産み始めた。それを見たおやじさんはちび大福を売ることにし、店は繁盛した。たくさん稼ぐために親父さんは、もっともっと産んでくれと大福に無理強いする。最後はどうなってしまうんだっけ。ハッピーエンドでなかったことは確かだ。読み終わった後に不思議な余韻があった。子供向けの絵本って大抵そうなんだけど、最後のページや裏表紙には文字はなくただ絵が描いてある。大福の絵本では、のぼりを立てて大福を売るおやじさんの絵だったかな。うろ覚えだけど。とにかく、物語の中での「一番よかった時」が最後に視界に入ってくるわけだ。もし今あの時に戻ってやり直せるなら、おやじさんと大福は迷わずハッピーエンドに向かって歩き出せるのだろうか。
大福にはあんこが入って美味しそうだった。
でも毎日食べたら飽きるに決まっている。
そんなことを思いながら、丸めた団子たちを鍋に沸かしたお湯で茹でた。そのままでも食べられそうだが、茹でることには意味があるのだろうか。
特大団子はしっかり5分くらい。白玉たちは1、2分。沸き立つ湯の中で沈んでゆらゆらしている。おたまですくい上げ、今度は氷水に入れて冷やす。茹で上がった団子の表面はつるんとしていた。いい感じ。
一口食べてみて、特大団子を作ったことを後悔した。
粘土を手でいじくり回すのは楽しくても、口の中に入れるものではない。砂糖醤油やきな粉をつけて食べても、団子本体の上新粉の味はどうにもならなかった。もちっと伸びるお餅と違いふっくらしないのだ。ドライイーストを入れ忘れたパンのような感じにぎちっと固まっている。
豆腐を混ぜるべきだった、と思いついた。中学か高校の家庭科で白玉団子を作った時、確か豆腐を入れていた。幼児のおやつについて学んでいて、調理実習で実際に作ってみることになった。その時できた白玉はぷるっとしていて美味しかった記憶がある。豆腐を入れるだけでこんなに変わるものか。
もぐもぐ、もぐもぐ。飲み込んで水で流し込む。
なんかこれ、おこしものに似ているな。
鯛や松、扇などの縁起物をかたどった平たい型で作る「おこしもの」という郷土料理がある。ばーちゃんがたまにお寺でもらってきて、学校から帰ってきた私と妹のおやつになった。砂糖醤油につけて食べる。ちょっぴりお線香の香りがついてなんとも言えない味だった。
ひとつは気合を出して食べきったが、もうひとつの特大団子はそのままではとても食べられないと判断し、両手で潰して平たくしてピザにした。納豆とお好みソースを乗せ、あとはオーブンに入れて焼くだけ。おこしもの同様ぺたんこにしてして真ん中まで火を通せば、少しはマシな食感になると考えた。あの独特な形にもちゃんと意味があったのだ。
納豆ピザはテーブルの上に並べておいたら翌朝消えていた。旦那の腹に収まったようだ。よしよし。
けれどもまだお皿にいっぱいの白玉たちが残っている。流石に作りすぎた。
どうしたら残りの団子たちを美味しく食べられるだろうかと考え始めた。きな粉やあんこで甘くするのはもってのほかだ。大福なんて想像するだけでお腹いっぱい。
串に刺して味噌をつけ五平餅にしたらどうだろう。それとも、味噌汁に入れてすいとん風にしたら汁と一緒にするっと喉を通ってくれそうな気がする。
もはや団子でなくしてしまえばいい。昨日は潰してピザにしたけれど、もっと薄くして何か具を包んで餃子にするとか。あるいは細長くしてうどんみたいな食べ方もありかな。うどんがドーナツになれるのなら、団子がうどんに変身してもいいはずだ。
知り合いの3歳の子が、お団子の形を作るのにいもむしみたいにしてしまうと話していて、あはは可愛いなと笑って聞いたけど、3歳の子の発想を侮ってはいけない。まんまるな団子より、いもむしの方が美味しいかもしれないな。
結局味噌汁と五平餅にして食べ切った。一晩たって固くなっていても、オーブンで温めたらわりと美味しく食べられた。
まだ試せていないアイディアも残ったが、楽しみは取っておこう。来年のお月見のために。